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2011年12月の記事一覧

おおそうじ  

  「おおそうじ」今年使わなかった画像です。

 

 

 7月13日 オトコエシに似ているが何だろう。

 

 

 7月13日 ヤマハゼの実 ウルシの仲間

 

 

 7月13日 リョウブの花 古名はハタツモリ

 

 

 7月20日 八海山から藤権現に雲が転げる。魚野川を跨ぐ只見線の鉄橋は静寂の中に在る。

 

 

 7月20日 三山上空に雲湧き出る滔々と流れる魚野川は清冽にして野を潤す。越光の故郷にして豊穣なる魚沼の大地を真夏の陽光が微笑む。

 

 

 9月15日 ススキの花穂

 

 

 9月25日 ミヤマシシウドの花と蜂

 

 

 9月25日 木の名前がわからんくなった。

 

 

 10月21日 マムシ草の赤い実 有毒ですよ。

 

 

 10月21日 ミヤマシシウドの花

 

 

 10月25日 八珍柿 紅葉

 

 

 11月29日 普光寺の鐘楼

 

 

 

 「おおそうじ」と称して、脈絡も無く画像を張りました。

 今年はこれで最後です。良いお年をお迎えください。

                                       (^◇^)/

 

 

 

category: 風 景

信濃から流れ来る川の畔で  

「魚野川と信濃川が出会うところ」の続編です。

 

地形的には、少し上流で川は出会っているのだが、中洲を間に挟んだまま、川の流れは中々交り合おうとしない。

 

 

川口の街はずれ上越線の線路の向こうで、やっと川の水が出会った。甲武信の三国境の水と、上信越の三国境の水の、遥かなる旅の結果である。

雪の積もった河原には、生き物の気配すら無い。と思ったとたん足元から、大きな白い鳥が飛び立った。

 

 

白い大きな鳥は、ゆったりと舞いあがり近くの民家の屋根に降り立った。舞いあがったときにもシャッターを何度か押したのだが、慌てていたので物に出来なかった。

 

 

川に落ちるのは嫌なので、大汗流しながら先ほど川の流れを撮った所に帰って来た。白鷺はまだ屋根の上で、辺りを睥睨していた。ダイサギかチュウサギか見分ける知識がないが、大きい鳥である。

 

 

鳶が空の高い所を、輪を描くように舞い始めた。ゆっくりと、ゆったりと。川には獲物が居るのかも知れない。

現在はこの出会いに来る信濃川の水も少し水量を増したが、ほとんどの信濃川の水は取水され、幾つもの発電所の水車を回しながら、地下の信濃川となって、小千谷市で本来の川に合流している。

 

 

 

小千谷市の山本山と、新旧の小千谷発電所である。山の右手側の平らに見える所に、大きな発電用の調整池が二つある。ここで発電された後に、本来の水量を取り戻した信濃川となる。

 

 

 

信濃川の水が、地下水路となって発電した電力は、合計最大出力44万9000kw。全てJR東日本の物である。その電力量はJR東日本全使用量の4分の1に達する。

信濃川の電力は、地元地域の発展には何の寄与もしなかった。だが生き物の豊富だった川を、ほぼ壊滅させた原因にはなった

東京のJR信濃川の水で動いている。と言われているが、そもそも首都圏に電力を送る目的で建設されたのである。

 

 

 

 

近年、JR東日本による不正取水が浮上し、世間を騒がせた事があるが、ここでは触れない。

category: 風 景

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おととしの春です  

おととし、2009年の春です。一面白い雪の中に居ると、色のあるものが恋しくなります。

 

  

山菜のウドです。2007年に山から移植しました。生で味噌でも良いし、天麩羅が美味い。キンピラも良いね。煮物も是品ですよ。食べ頃を過ぎると、ウドの大木になりますね。

 

 

ウルイです。茹でてマヨネーズでも美味しいよ。お浸しは定番。キシュキシュと歯ざわり最高です。花も綺麗だけど、それはまたね。大葉擬宝珠とも言います。

 

 

だれでも知っている水芭蕉です。こんなの何処にでもあります。ザゼンソウも同じような所にあるんだが、画像を保存してなかったみたい。来春のお楽しみ。

 

 

珍しくも無いけど芝桜です。一面芝桜の所も有るから、これも来春のお楽しみ。

 

 

黄色いチュウリップです。ちなみにチュウリップは新潟県花でした。県木は雪椿なんだけど、来春撮っておきます。

 

    

ネコヤナギです。早春の河原で良く見ますね。ドロヤナギとかケショウヤナギとか。枝垂れ柳の街路樹は、最近あんまり見ませんな。

 

     

       桜です。種類?わかりません。

 

 

      八重桜です。種類?わかりません。  

 

 

これは鳶だ。カメラで追ってたら、すぐそこまで来た。びっくりした。

 

     何枚か撮った内の、ましなの2枚でした。

 

 

 

         番外です 。あんまり可愛かったもので。

 

これはサンケイニュースかなんかの写真です。気持ち良さげですね。

ここは信州地獄谷ですが、外国人が訪れるようになる以前に行った事があります。

一匹のお猿さんに懐かれてしまいまして、私の足の甲にチョコナンと座り顔を見上げられました。目を合わせないよう言われていたんですが、思わず頭を撫でてやりました。

 

 

category: 風 景

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追憶と錦鯉のふる里  

小千谷市と長岡市の境界付近を流れる信濃川です。背後の山は、朝日山です。戊辰の北越戦争では、河合継之助率いる長岡軍と、官軍との激戦がありました。どれくらいの激戦だったかと言うと、後の陸軍の総帥山片有朋、(当時は狂介ですが)以外の幹部が戦線を支えきれないと、退却を求めたと云うほど敗色が濃かったようです。一時は戊辰戦争そのものを、揺るがすほどの戦いだったのです。

 

向こう岸の赤い橋の所から山に入ると、錦鯉のふる里とも言うべき、小千谷の山間集落と旧古志郡山古志村があります。

 

 

         元気に泳ぐ錦鯉です。             

 

 

    エサを貰えるかと、重なり合って集まります。

 

  

 

   

 

  

 

新潟県中越地震の事を、覚えておられるでしょうか。平成16年(2004年)10月23日17時56分に発生したM6.8、震源の深さ13km、瞬間的には、阪神・淡路の大地震を上回る直下型の大地震でした。

避難住民最大10万3000人、死者68人、重傷633人、軽傷4172人、住宅全壊3175棟、半壊13810棟、一部損壊105682棟、山間部中心の地震で、これだけの人と生活基盤の被害でした。

道路、鉄道、ガス、水道、下水道などインフラの被害も甚大なものが有りました。

 

 

地震の際に崖崩れのあった旧国道17号線の跡です。現在では復旧されていますが、川に落ちたガードレールやアスファルト、岩屑などに、当時の様子が見て取れます。

 

 

旧山古志村や小千谷の山間集落の人達は、昔から飢饉や戦争、災害があっても、錦鯉を大切に守って来たのです。

泳ぐ宝石とも言われ、投機の対象にすら成った事のある錦鯉ですが、それは錦鯉の責任ではありません。

今ごろは錦鯉のふる里にも、静かに雪が降り積もっていることと思います。

  

category: 雑 感

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メジロよ来たか その2  

「メジロよ来たか その2」

                  20011年4月25日朝

 

 じっとして居てくれると撮り易いんだが。

 

 

 すぐまた動くし。

 

 

 文句を言うと解かるようだし。

 

 

 顔を背けてしまった。

 

 

 かと思えばクルリンと。

 

 

 後ろ姿はどう。

 

 

 やっぱり、こうか。

 

 

 最後は大きくズーミング。

 

メジロが来春も我が家の山桜を目当てにして、来てくれないかと思っているのだが、さて如何なります事やら。

             

             おわり

 

 

 

category: 野鳥の記

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降雪通信 「魚 沼 の 雪」  

                    2011年12月25日の雪       

 

 ホワイトクリスマス?これじゃサンタの橇さえ進めない。               

 

 降り始めて3日目、道路脇の雪もだんだん高くなる。

 

 

 着雪で、樹木も重そうにしている。

 

 

 降雪が少なくなると、明るくなる。

 

 

 本気で降られると、うす暗くなる。

 

 

 雪の重さで木が曲がる。

 

 

 大木の枝の雪は、大山のようだ。

 

 

 松の枝に降りつもる雪また雪。 

 

 

 大きな木の枝が、雪の重さでたわむ。

 

 

 降りっぱなしでも無いのだ。時々こうやって小止みにな

 る。世界一の豪雪地帯の実力はこれからだ。

 

 

 

 

 

 

category: 降雪の記

メジロよ来たか  

 

「メジロよ来たか その1、」   

                 20011年4月25日の朝の出来事

 

 昨日は手元にカメラが無くて撮れなかった。

 

 

 今日はカメラを用意して待っていた。

 

 

 動作が速すぎて。

 

 

 何か喋っている。

 

 

 キョトンとした顔の可愛らしさ。

 

 

 お腹の方は少し落ち着いたようだな。

  

 

 何かやろうとしている。

 

 

 心は決まった。

 

 

 え~い。でんぐり返しかい。

 

              つづく

 

 

  

category: 野鳥の記

方丈記でも紐といて  

鴨長明「(位階は従五位下)平安時代末期久寿2年(1155年)から鎌倉時代の健保4年閏6月10日(1216年7月26日)」は、賀茂御祖神社(下加茂神社)の禰宜(ねぎ)鴨長継の二男として生まれた。

望んでいた河合社(ただすのやしろ)の禰宜の地位につけず、神職としての出世の道を閉ざされた。後に出家して蓮胤(れんいん)を名乗るが、普通は俗名の長明(ながあきら)(ちょうめい)と音読みする。

歌人であり、随筆家(エッセイスト)でもある鴨長明の方丈記「建暦2年(1212年)に成立」は、日本三大随筆の一つに数えられ、現代の文学にも影響を与え続けている。

 

 

 

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、卑(いや)しき、人のすまひは、世々経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋(たず)ぬれば、昔ありし家はまれなり。

あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。

(あした)に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。

また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何(いずれ)によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異(こと)ならず。

あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

 

 

有名な方丈記の冒頭を記してみた。読み易いように改行し、カッコ書きで読みを入れたが、無用のことであったかも知れない。

たった一枚の、川に降る雪の写真から連想するには、少し大げさ過ぎたかとも思っている。紐ときっぱなしだが、ここで終わる。

 

 

ちなみに日本三大随筆とは、「清少納言 枕草子」

「吉田兼好 徒然草」「鴨長明 方丈記」とされている。

 

 

 

category: 文学民話伝承

雑影ギャラリー花とか  

 

「雑影ギャラリー花とか」

 

冬枯れや雪の景色に飽きたので、今春からの画像です。順を追って並べて居ませんが、良かったらどうぞ見てください。

 

 

        日だまりで私きれいと芝桜

 

  

  火事花か田植え桜かタニウツギ    10年をかけて咲いたる藤の花

 

 

   

  はるの山ゆきしろ溢れる魚野川    女郎花となりの庭にて盛んなり  

 

 

       お日様を透して輝くチュウリップ

 

  

  慣無げに路地に咲く花ヒヤシンス    綺麗だがムスカリの花また増える

 

  

  姫菖蒲クレマチスの花いかりそう    春誘い日溜まりの中ツツジ咲く 

 

 

   夏の朝水をくれよと呼ぶ声は今が盛りの朝顔の花

 

  

 この花の名前を聞けど忘れ草記しも出来ぬ悲しさや知る

 丁字草ねこむすめさんありがとう。  シレネ・コロラダ・ドワープ・ピンク

                    スター oh-chanさん ありがとう。 

 

  

  涼やかな朝に開いたニラの花      ヤブランが薄紫の花を付け

 

 

  自からの花の重みに耐えかねて頭を垂れるしだれ桜や

 

 

    北国の春の盛りの桜花峰の白雪吹き越す風に

 

 

   如何だったでしょう。お楽しみいただけましたか。

 

 

 

 

  

 

category: 風 景

ちいさな雑木林と畑から  

道路脇の駐車スペースに、何気なく止めた車の外の風景です。いや、本当は大事な用がありました。

小さな雑木林に踏み込んで、しばし至福の時が過ぎると、目の前には色んな物がありました。

 

 

 この実何の実木になる木になる。葉っぱの陰からこんにちは。

 

 

 何でここに柿の木が有るのかな。大きな実が熟し始めている。

 

 

 藤の実がぶら下がっている。花の盛りにもここに来ようかな。

 

 

 雑木林の外の小さな畑には、黄色い菊の花が咲いていました。

 

 

 他の作物の収穫は終わり、ネギが一畝だけ青々としています。

 

 

 柔らかそうな大根もありました。寒気から自身を守る葉です。

 

 

 紅白の送電線鉄塔と、信濃川の堤防です。山の名は知らない。

 

 

こんなに離れた所で、魚沼三山に会いました。信濃川の堤防の手前に広がる、田圃の中の一本道を、トラック便が疾走しています。こんな光景を見ていると、日本の物流は偉大だなと感じてしまいます。

どんな都会の片隅でも、どんな田舎の一軒家でも、逃さず荷物を届けてくれるのです。それだけではありません。「ありがとうございます。」の一言と、爽やかな笑顔までもを、届けてくれているのです。

 

 

category: 風 景

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雪の中の赤い色どり  

 

雪やこんこ、あられやこんこ、降っても降ってもまだ降りやまぬ。

ドーザーが、道路除雪に大忙しです。ポールが無ければ、何所が道路か分かりません。

 

 

たんたんころりん、たんころりん。大入道が出てくるぞ。柿をとらぬと出てくるぞ。柿のお化けが出てくるぞ。

 

 

雪を抱いて寒さに震える。この子はだ~れ、この実はな~に。だれか教えてくださいな。

 

 

佐渡では、おけさ柿、新潟は、八珍。この子のふる里山形県では、庄内柿と申します。良く熟した柿シャーベットはいかがでしょう。

 

        

この実は赤い南天さん。白く冷たい雪うさぎ、赤いお目々になりまする。

 

 

この道はいつかきた道思い出の白い小道と同じ道童の頃の思い出は白く儚いひとひらの雪の精ともなりにけり友の童の思い出も白き霞のほの白き夕の彼方の遠い空叶わぬ昔の白い道

 

 

 

 

category: 風 景

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雪の降る街を  

 「雪の降る街を」

 

 

 (1)     雪の降る街を 雪の降る街を

 

 

        思い出だけが 通り過ぎて行く

 

 

         雪の降る街を

  

 

         遠い国から おちてくる

 

 

         この想い出を この想い出を

 

 

         いつの日か包まん

 

 

         あたたかき幸せの ほほえみ

 

 

 (2)     雪の降る街を 雪の降る街を

 

 

         足音だけが 追いかけてゆく 

 

 

         雪の降る街を

 

 

               一人心に 満ちてくる     

 

 

        この哀しみを この哀しみを

 

 

         いつの日か解さん

 

 

         緑なす春の日の そよかぜ

 

 

これを書いているとき、金豚が死んだなどと言う縁起の悪いニュースがあった。たいていの方の訃報であれば、自然に弔意を表すのだが、こいつに弔意を表す気持など一つも無い。かえって街に降る白い雪が、穢されたようで嫌な思いがした。

死んでまで他に迷惑をかけぬよう、さっさと無間地獄にでも落ちてしまへ。    

 

category: 風 景

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万治ヶ池にて  

この池の畔に来たのは、何年振りだろう。大きな池だと思っていたのだが、案外な小ささで驚いた。子供のとき来て以来だから・・・・・かなりの年月が過ぎている。

 

 

 

初雪の名残りが、池の周りの葦原に残っている。三方を山に囲まれて、冷気が溜まっているのだろう。お天気が良いのに寒い。

 

  

 

初夏の頃にミツガシワの花が、池の周りに咲くと聞いたが、見た記憶が無い。今度来る時は、花の季節にしょう。(ミツガシワの写真は借り物です。)

 

 

 

冬枯れた木々や葦を写す池の水面は、さざ波ひとつ無く静かだ。隠れ家に丁度良いが、水鳥は住処にしないのだろうか。それとも夕方には帰って来るのだろうか。

 

少し以前に下書きをして、アップするのを忘れていた物です。初雪の頃の事ですが、もうこの池には近づけません。今頃は静かに雪が積もっていることでしょう。

 

 

category: 風 景

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信濃川と魚野川が出会うところ  

冬の日は短くて、午後からの時間は油断がならない。この場所に来た時は、まだ日が射していたのだが、あっという間に残照と言うべき空模様となりました。

 

 

 

手前の水は魚野川の流れ、正面の橋をくぐって来るのが、信濃川です。二つの川が出会う合流点は、長岡市の旧川口町です。ここから河口まで、まだ100km以上あります。

この川の源流は、秩父多摩甲斐国立公園の甲武信岳(2475m)です。甲武信岳はその名の通り、甲州(山梨県)武州(埼玉県)信州(長野県)の境の山でもあります。

長野盆地の川中島で、槍・穂高連峰などの北ア南部の水を集めた犀川(梓川)と合流し、新潟県の津南町で千曲川(214km)から信濃川(153km)へと名前を変えます。

 

 

 

川の出会いから東を見ると、ここにも居ました。お馴染になったかも知れませんが、魚沼三山の白きたおやかな姿です。紅白のポールは、除雪車のためのガイドです。冬の間も河川改修の工事が続く様です。

 

 

 

中ノ岳(2085m)です。手前の月読の小さな頂きには、月読命が祀られています。

中ノ岳と月読の間に、祓川の小さな流れが有り、気持ちの良いテントサイトになっています。そこにテントを張ってから、20年近い歳月が過ぎました。光陰矢の如しか。

そう言えばこの前、小さな山城跡で、光の矢に貫かれそうになったっけ。

 

 

 

魚沼駒ケ岳の上には、厚い雲が掛り始めています。もうすぐ日が暮れますが、お天気も今日でお終い。明日か明後日か、雪が降る予感がします。

 

それで今日は雪なのですが、後付けで雪が降ると書いた訳ではありません。山や雲を見ていると、何となく分かるものなのです。

 

 

 

 

category: 風 景

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この雪は根雪になるのかな  

昨夜から本気で降り始めた雪が、今朝(17日)は、道路除雪車が出動するほど降りました。

 

 

 

家の周りの雪を片付けて、カメラを持っての散歩です。何と言う働き者かと、自画自賛はいけませんね。

 

  

 

ウチの庭の消雪システムです。 玄関の車寄せです。冬は自転

80mの深井戸の水です。    車専用です。喫煙も此処で。

 

 

 

庭の木もこんな状態です。道路もこんな感じです。雪上モード運転に切り替わるまで、しばらく慎重になります。

 

 

 

少しの間、降り止んでいた雪がまた降って来ました。越後のクマさんは、これから冬眠です。

 

 

category: 風 景

球洗いの一日  

球洗いに行こうよと誘われたとき、一瞬だったが「玉を洗う?」と思ってしまった。北陸方面の、とある温泉町を思い描いたりした。 

 

  

 

連れて来られたのは、温泉町ならぬ、群馬県の、とあるゴルフ場でした。白い雪化粧の山々を見ればお分かりのように、同県の北方に位置する町にあります。

平標山、仙ノ倉山、万太郎山が、雲の白さに紛れています。

 

  

 

 偶然だったのですが、後続の 一緒に来た友人のG氏です。鋭

 組みは我々の友人たちです。 いスイングをする人です。

 

 

 

スタートホールのOUT.NO1ロングの風景です。お日様の光まで、写し込んでしまいました。

 

  

 

 木の間越しに見る友人たちの 一緒に来たK氏がドライバーを

 グリーン上の風景です。   振ります。飛ばし屋です。

 

 

 

「葉も落ちし梢の彼方空の藍冬日迎える今日の晴れ間に」夢才

 

 

 

青い空に浮かぶ雲の色。発射台の準備は良いか。・・・点火!

 

  

 

 後続の友人達。同級生のO夫  好敵手のK氏です。右曲がり

 人が寄せを試みるようです。  のM君は、本日初イーグル。

 

 

 

後続の人たちが、砲台グリーンに乗せようと懸命の挑戦です。

 

  

 

後続は、ようやくグリーンの側 我々は最終ホールです。楽し

まで来たようです。      い球洗いでした。

 

 

 

万太郎山が一際白く輝いている。今年最後のプレー終了です!

 

 

category: 風 景

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八海山と里宮廻り  

     八海山と里宮廻り

 

八海山は、新潟県南魚沼市にある信仰の山です。その名前の由来は、山腹にある八つの池を海に見立てたとも、針の山の様な岩稜の主な物が八つだからとも云います。山頂の様子を階段に見立てた八階山が、八海山に変化したとも云います。

20年ほど以前になりますが、立山から大日三山を縦走し、称名の滝に下った事があります。その折に立山山頂の雄山神社に参拝しました。人が途切れたところだったので、お神酒を頂きながら宮司と会話をしました。

私が新潟県の人と知ると、宮司が、越後には八海山と言う高い山があるが知っているかと、聞かれました。知っていると答えると、越中では立山、越後では八海山が一番の山だ。と言われました。他にも、加賀じゃ白山、出羽では羽黒山と数え始めましたが、団体の登山者が来たのを機にお暇しました。遠い山の頂きで、八海山にまつわる思い出が出来たのでした。

 

 

 

南魚沼市の旧大和町方面からの八海山です。北面です。風の冷たい日でした。

  

  

 

  

 

八海山大倉口の里宮です。火渡り神事(春5月下旬)と境内です。

 

 

 

  

 

八海山大崎口の里宮です。七福神の像と火渡り神事(秋10月20日)です。

 

 

 

南魚沼市旧六日町城内から見た八海山です。南面です。残照での写真です。

 

  

 

  

 

八海山城内口の里宮です。火渡り神事(初夏6月下旬)と境内です。参道の杉木立が歴史の古さを感じさせてくれます。

 

山岳宗教は密教がまだ、雑密と云われていた頃からの行です。有名なところでは、役ノ小角と云う伝説的な行者がいます。雑密とは密教が体系として日本に入って来る以前の、いわば切れっぱしの様な物だと云う事です。

空海以前の密教は、唐でも金剛界と胎臓界の2系のままでした。それを融合して真言密教として再編したのが空海(弘法大師)です。

  

category: 風 景

雪上散歩(輝く白から蒼い山へ)  

藤権現(233.5m)の山頂からの帰り道では、白く輝いていた山々も蒼白い姿に変わってしまいました。

ぶらぶらと歩いていたら、朝日岳、雨飾山、鳥海山を一緒に歩いた方と、偶然会いました。

この方達と蓮華温泉から朝日岳、雪倉岳、白馬三山を縦走し、鑓温泉から猿倉へ下山した3泊4日の山旅は、思い出深いものがあります。この時は、私の他3人は女性でした。

 

 

 

南方向にそびえる巻機山1967m)です。こちら側は裏巻機と呼ばれています。登山口は南魚沼市の五十沢(いかざわ)にあります。かなりきつい道でした。

巻機山の表口は南魚沼市清水にあります。尾根コースの他に沢コースもあります。沢コースも山に慣れた方なら何でもないんですが、冬季と残雪期は、避けるのが賢明です。

清水からは清水峠を越えて、群馬県水上方面に行くことが出来ます。途中で、幽ノ沢、一ノ倉沢、マチガ沢など谷川岳の懸崖の下部を通ります。明治期には拡幅されて荷車の通る道だったそうですが、現在では登山者が時たま通る道になっています。国道291号線ですから何れ車道に、なるのかなあ。

 

  

 

八海山(1778m)です。だいぶ雲がかかって来ました。三山の内、いちばん背が低いけれど、いちばん険しい山です。登山口は三カ所あり、それぞれに里宮を持つ信仰登山の山です。

この八峰の岩場で、偶然に同級生夫妻と出会ったことが有ります。後年、北アの薬師岳で、また偶然出会った時には驚きました。何だかもう1回ある様な気がしますが、地獄の針の山だけは避けたいと思っています。

 

 

 

中ノ岳(2085m)です。三山の内、最奥にそびえています。この山には山頂部に避難小屋があります。三山縦走中、天候悪化など非常時の場合、三国川(さぐりがわ)の十字峡に下山できます。もちろん登る事も出来ます。途中に生姜畑という地名が残っていますが、生姜のような形の自然金の採掘跡だと、ガイドブックで紹介されています。

 

 

 

三山の中でも、いちばん均整のとれた三角形の山、駒ケ岳(2003m)です。右にグシガハナの鋭鋒を従え、左には小倉山が、寄生火山のようにくっついています。忘れるところでしたが、この山は深田久弥氏の日本百名山の一つです。

駒ケ岳の登山口の一つ、枝折峠を越えると銀山平に出ます。江戸時代の寛政年間から中断期間をはさんで、安政年間まで、銀と鉛の採掘をした上田銀山の在ったところです。

銀山千軒と云われたほど栄えた頃もあったようですが、何もかも奥只見ダムの水底に沈んでしまいました。

 

低山徘徊、雪上散歩がようやく終わりました。家を出てから帰るまで約2時間のミニいやマクロ紀行でした。それなのに連載6回とは、我ながら厚かましすぎました。(笑)

 

銀山の物語を詳しく知りたいと思う方には、昭和58年5月20日初版の新潟日報選書1、磯部定治著「銀山物語」をおすすめします。

 

発行所新潟日報事業社 TEL(025)233-2100 

 

 

category: 風 景

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雪上散歩(藤権現山頂へ)  

スキー場のゲレンデで、ずいぶん道草を食ってしまいました。ようやく山頂へ行けそうです。

 

 

 

ここまでは砂利道歩き、ここから山頂までは一登りです。

 

 

 

こういう道を歩くのは好きですね。もうすぐ山頂です。

 

 

 

山頂を通り過ぎて、新雪を踏みました。兎の足跡がありました。

 

 

 

三等三角点です。標高233.5mの藤権現山頂です。

 

 

 

元旦登山25周年記念の碑です。山頂の鐘は澄んだ響きでした。

 

 

 

50周年の記念碑もありました。元旦と言えば、2mの積雪が有っても不思議ではありません。先ほどの25周年でも驚きなのに、50年欠かさず元旦に登山されたのですね。その情熱に無条件で敬服します。

 

 

 

藤権現です。眼下の市街を見守ってくれているのでしょう。

 

 

 

お天気の良い日は、何処までも、手に取る様に見えます。

 

 

 

下倉山の城跡も良く見えます。この山は南北朝の動乱期、戦国期、それに明治維新の北越戦争に至るまで、数々の戦乱の舞台になったそうです。

 

 

 

漆の実が青空を背に、沢山なっていました。種がはじけた物が多いですね。コーヒーに引くほど、採れそうにありません。

 

 

 

ねじくれ曲がった木が、青い空を背景に、自然のオブジェの様です。

低い山に登るのに、随分な時間を掛けたような気がしますが、まだ終われません。登った山は下らなければなりませんから。

 

  

category: 風 景

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雪上散歩(山の木の実)  

雪上散歩(山の木の実)です。まずはウラジロの木の実からです。

 

 

 

  

 

  

 

バラ科、ウラジロの木の実です。これから小鳥たちのエサに成ります。今日は青い空に映えて綺麗です。冬山の彩の一つですね。

子供のころ食べたことも有りますが、不味くは無かったような気がします。口の奢った今は、どうか判りませんが。

 

 

 

ウルシの実です。画像でカブレル人はいません。大丈夫です。

この実からは蝋が採れます。出羽米沢の上杉氏は、領内にウルシの植林を奨励していました。しかし、ハゼの木の実から採れる蝋に駆逐されていきます。藤沢周平氏の「漆の実のみのる国」を参照されると、そのあたりの事が書かれています。

今思い出しましたが、この種を焙煎すると、漆コーヒーができます。わりと美味かったような気がします。

 

 

 

木の実と言えば、ムラサキシキブは欠かせません。藪の葉が落ちたので、目に付き易くなりました。

 

  

 

雪山散歩でした。まだ山頂に到着しませんが、山ウサギの足跡がありました。

category: 風 景

雪上散歩(雪の中の紅葉)  

雪上散歩の続きです。雪の中で綺麗だなと思った紅葉です。

 

 

 

細流の側で日を浴びていた「ゲンノショウコ」の紅葉です。

 

 

 

 

「草いちご」の紅葉です。バラ科ですから棘があります。(野いちご)とも言います。

 

 

 

これも「草いちご」(野いちご)です。春に白い花を咲かせ、夏に真っ赤な実を付けます。

 

  

 

花と赤い実です。透明感のある実は、生でも美味しいですが、ジャムにしても美味しいです。

 

 

 

名前が判らないので、図鑑を見たら「ごんずい」とありました。材質が脆くて役に立たないので、魚のゴンズイに模して名が付けられたのでは、とありました。(どうもゴンズイではなさそうです。マルバウツギかも知れません。)

 

 

 

ゴンズイ」は、ミツバウツギ科で関東以西に分布。とありましたが、間違い無いと思います。違っていたら、何方か教えてください。(ゴンズイは間違いのようです。マルバウツギに、より似ています。)

category: 風 景

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雪上散歩(魚沼市の街並み)  

北方を見ています。左に鳥屋ヶ峰(681m)、右に下権現堂山(887m)です。この谷が広瀬谷です。谷の奥に守門山の大岳(1432.4m)が長い稜線を引いています。デスクトップいっぱいに拡大しないと判りづらいですね。  

 

 

 

写っていないが、破間川も画面左で、魚野川と合流している。  

 

 

 

鳥屋ヶ峰と関越高速道と国道17号線が、杉の間から見えます。

 

 

 

権現堂山方面を見ています。画面中央を関越高速道が横切る。

 

 

 

市街の広がりと魚野川です。佐梨川が合流しています。

 

 

 

佐梨川をズーミングしてみました。白い山々に囲まれています。

 

 

 

左の山は大平山、白い駒ヶ岳と中岳です。魚野川が流れます。

 

 

 

さらに南側を見ると、巻機山は雲に隠れ、南魚沼市方面は靄がかかっています。逆光気味なので色が消えてしまいました。

category: 風 景

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雪上散歩は楽しいよ  

今日は12月10日土曜日です。おや、こう書くと日記らしくなります。子供の時は夏休みでも冬休みでも、宿題の日記は三日坊主で、新学期には覚悟を決めて怒られたものでした。

午前中は寝過ごして、せっかくの良いお天気を無駄に過ごしました。天気予報は今日も悪かったから、こんなに良い天気になるなんて、思いもしなかったんです。 

 

 

 

まあ、午後からこうやって散歩にきました。ふんわり降ったばかりの雪の上を歩きます。背後の魚沼三山が、いっそう白くなっています。

 

 

 

ここは、魚沼市の小出スキー場です。上越線の小出駅前にあります。スキー場としての歴史は古いですよ。一寸手強そうに見える山頂ゲレンデです。

 

 

 

ゲレンデはまだ、スキーが滑れるほど積もってはいません。多い所で10㎝くらいでしょう。

 

 

 

ゲレンデの山頂に向かって続く、一筋の足跡。私のものです。

 

 

 

上がったら下りるのが鉄則です。当たり前か。こんな時はスキーが欲しいですよ。

 

 

 

おお、また魚沼三山と出会ったぜ。小出から見る三山が、いちばん良い子に並んでいます。

 

 

 

おや、ここでも会った。というか見えるように歩いています。

 

 

 

画面中央に、薬師スキー場が見えます。分かるかなあ。その奥の白い山を越えると、奥只見です。奥只見丸山スキー場も、もうすぐオープンします。楽しみですね。

 

category: 風 景

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黒文字・良い香りの木  

黒文字(クロモジ)は、クスノキ科の落葉低木です。高級楊枝の黒文字の材料として、知っている方も多いと思います。お茶席などで、和菓子を頂く時にも用いるそうです。

この木の枝や葉からは、黒文字油と言う香料が採れ、化粧品や石鹸に利用された時代もあったようです。現在では、ほとんど使われなくなったと言うことです。

 

 

 

今年の春、5月の中旬頃だったと思いますが、実家の裏山で咲いていた黒文字の花と、芽吹いたばかりの若葉です。若い枝は緑色をしていますが、成長と共に黒い斑紋が出てきます。その黒い斑紋を文字に見立てて、黒文字と呼ぶようになったと云います。

 

     

 

黒く熟した実と黄葉を始めた黒   黒文字の枝を削って作った

文字の葉です。実はいくらか甘   楊枝です。使い捨てでは無

いが、不味いです。        く、削って使います。

 

子供の頃は肥後の守が遊び道具でした。黒文字の枝を削って遊んでいると、良い香りがします。削ったばかりの生木を口にすると、薬臭い感じがしました。

薬用酒の養命酒には、この木の枝や根から抽出した成分が、入っていると言う事です。まだ飲んだ事は無いのですが、どんな味がするか興味はあります。  

category: 植物の記

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藪山の赤い宝石  

お天気の良い日に、低山の尾根筋の道を歩いていると、息をのむ光景に出合う事がある。葉を落とした藪の中で、真っ赤に熟した山南天の実(ナナカマドの実)も、その一つではあるまいか。

 

 

 

実は今、この写真をデスクトップの背景にしている。青空と藪の木々と、山南天の赤い実が輝き悪くない。冷え込んで雪になった翌日、晴れたら同じ構図で写してみたい。青空と白い世界に、赤く輝く宝石を散らしてみたい。

category: 風 景

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光の矢かよ  

越後の豪雪地帯の藪は、半端な物ではありません。森林と言うほど大きな木に成ってくれれば、木と木の間隔も広がり通り易いのですが、密集した藪は人の通過を拒絶します。ただ、今頃は葉が落ちているので、見通しはそれほど悪くはありません。

とは言っても山好きの性として、そこに道が無くても、名前が付けられていなくても、地形図に標高点の表示が無くても、一度あの頂に登って見たいと思ったら、登らずにはいられません。

 

今回登った山はそんな山ではありませんが、道を通らず藪の斜面を登ってみました。90度以上曲げても折れやしない木を掻き分け、乗り越え、転げ落ちしながら、やっと山頂に到着しました。

何はともあれ、天辺の写真を撮ろうとした瞬間、光の洪水に襲われました。その時に無意識にシャッターを切っていた写真がこれです。

 

 

 

光の矢のように写っているが、その時は眩しくて、何がなんだか分かりませんでした。天気の良い日で、良い気分でしたが、一気に冷めてしまいました。山でクマやカモシカやサルに出会った事はありますが、こんな現象に出くわしたのは初めてでした。

この山は昔の山城の跡です。それで、わざと藪をこいで、登ってみました。この城跡を七夕城と云いいます。可愛らしい名前ですね。

category: 風 景

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崖の上の穴観音にて  

眼下に見える川は、清流「破間川」です。名前から見ても、よほどの暴れ川だったようです。水害は最近無かったのですが、7月末に、久しぶりに暴れっぷりを見せてくれました。

この川の源流河川には、電源開発で造られた多くのダムがあります。観光地ではありませんが、静かなダム湖の水面に写る四季の移ろいは美しいものです。

 

  

 

 

川の対岸に見える大きな建物は、品川鉄工という会社です。守門機工という会社も此処に在るようです。ここから見たところ水害の被害は無かったようです。

小学生のころの遠足で、この下の河原で、野外料理(当時は飯盒炊爨)を楽しんだ事があります。おぼろげな記憶ですが、ご飯を炊いて、カレーを作りました。

  

                                                                                        

 

切り立った崖の上に在る「穴観音」です。仏や菩薩を安置している穴の掘り方は、観音堀と言う崩れ難い方式です。

いつの時代に、誰が、何の目的でこの様な物を造ったのか、私は知りません。何時か学問的に調査されたら良いのに、と思っています。

今でもこの前の道は、車一台が通るのがやっとです。すれ違いする場所も多くありません。ほとんど垂直な崖を横切る道ですから、昔は人一人が通るのがやっとだったと思います。こんな道路しか無いのかと、勘違いするかも知れませんが、幹線道路は別にあります。

  

  

 

  

 

穴観音内部の様子です。ほとんど苔に覆われて、判別できない石像もあります。赤い頭巾を被せて貰ったお地蔵さまが、可愛らしかったです。

もう亡くなられて大分経ちますが、色んな事を教わった元郵便配達の方がいました。その方が仕事に就いたばかりの頃は、この穴観音の前を一人で通るのが嫌だったそうです。

その当時は隣村だった地区に行くには、ここを通らないと大変な回り道に成ります。遅くなってここを通る時は、走って通り過ぎたと、笑いながら話していたのを思い出しました。

 

 

 

薪にする木のことを、コロと云います。(ボイと言うのもある。こちらは割らずに燃やせる径の小さな物)この辺は山深い所ですから、炭焼きが盛んでした。奥山で切った木をコロにして、この川を流して下流で回収する「コロ流し」も盛んに行われたようです。

沢を堰き止めプールにして、そこにコロを浮かべて、いっきに堰を切ってしたのだそうです。それも鉄道が運行するようになると廃れたようです。昭和30年代の紀行文などで、無蓋貨車に大きなブナの木が、山のように積まれていた光景を記した物もあります。その当時の物か、山中にトロッコ道の跡やレールが有る所を見た事が有ります。  

夏場は川の流れも細くなりますが、その他の季節は写真の様な川です。アユも釣れますし、ハヤ、カジカ、オイカワ、ヤマメ、もう少し上流にはイワナも生息しています。川鱒(サクラマス)の遡上は、ほとんど見られなくなりました。その代わりダム湖で、大型化したイワナやサクラマスが見られるようになりました。それも一時の釣りブームで、数を減らしていると言う事です。

色々な物をこの川は流してきました。ひょっとしたら時間さへ、この川と共に流れていたのかも知れません。崖の上の穴観音は、その、時の流れを見続けるため、ここに安置されたのかも知れません。

 

category: 歴史よもやま話

須川城址を訪ねて  

天文年間(1532年~1555年)に築城されたとされる、山城の跡が残る山です。上田長尾氏の家臣五十嵐上総介や金子内膳正が守ったと云われていますが、詳しい事は分かりません。  

 

     

 

この山は、標高270m比高110mの小さな山ですが、こちら側からは険しくて登れません。右の尾根を反対側に回り込んだ所に、登り口があります。

 

 

 

 

溜池の向こう側に、登り道が見えています。急ではありませんが、今年の水害で崩れたと思われる個所がありました。

 

 

 

雲が多くなってきましたが、尾根筋に日が当たっています。松の木の辺りから、武者押しの音が聞こえてくる心地がします。

 

 

 

山頂の本丸跡です。守門村指定史跡須川城此と書かれた標柱がありました。昭和40年代の日付だったと思います。資料を見ると、桂ヶ瀬城となっている物も在ります。ここの大字が須川と言う集落で、桂ヶ瀬は小字と言うことらしいですが、当時の人が何と呼んだかは分かりません。

 

 

 

尾根に施された堀切の跡だと思われます。藪が酷いですが、この先で尾根がストンと断ち切れています。

 

 

 

須原スキー場が見えます。御隠居さんのホームゲレンデです。雪質は湿雪で重いですが、ここで鍛えられると、どんな雪質にも対応できると言います。何回か雪は降ったのですが、まだ根雪にはなりません。今月、12月の下旬には、一面の銀世界に変わることでしょう。

 

 

 

須原平の風景です。左に須原小学校、右に守門中学校の校舎が見えます。のどかな田園風景です。

此処を含むこの谷を広瀬谷と云います。上田長尾氏の家臣団に、広瀬衆と云う名が見られますが、この谷の武者衆のことであったと思われます。

 

 

 

広瀬谷を流れる破間川の下流方面の風景です。丘陵地が道光高原です。ゴルフ場や畑になっています。

金刀比羅山と藪神ダムの堰堤も見えます。ダム湖に架かる赤い橋がアクセントになっています。

元々登山は好きなのですが、最近は曰くのあるこんな藪の山ばかり登っています。一人で藪の中の地形などを観察していると、誰に頼まれた訳でもないのに、ご苦労な事だと、苦笑してしまいます。

 

 

category: 歴史よもやま話

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赤い実を付けたヤブコウジ  

 ヤブコウジ藪柑子・紫金牛)          

          分布・原産 日本全土・東アジア

             ヤブコウジ科 常緑小低木

 

別名を十両とも言います。夏に目立たない白か薄桃色の花を付け、冬に赤い実を付けます。鉢植えにした物を、高価な価格で取引した時代もあったそうです。

落語の寿限無に出てくる「やぶらこうじのぶらこうじ」は、このヤブコウジのことではとウィキペディアにありました。 

 

 

 

藪柑子といっても、密集しすぎた藪の中には生えません。林の中の木の周りなどで、ひっそりとしています。赤い実を付ける冬で無ければ、振り向いても貰えないでしょう。その代わり赤い実を付けると、今まで目立たなかった分だけ人目を引きます。それも、もうすぐ雪の下になります

 

 

 

このヤブコウジは、新潟県魚沼市須川に在る山城の、本丸跡で見つけた物です。実を寒さから守るためでしょうか、葉を傘のようにして労わっているように見えます。もう何回か雪が降っているせいでしょう。

 

 

 

城跡といっても特に何もありません。合併前の守門村が建てた史跡の標柱が在っただけです。廓の跡や尾根を断ち切った堀切の跡も確認できましたが、酷い藪で写真にとっても只の藪にしか見えません。それでも城跡だけあって、ここからの景色は良いですね。ここからの景色も後でエントリーします。

 

category: 植物の記

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放水しているダムの風景  

昨日の(12月3日)午後です。以前「古いダム」で紹介したダムの所を通りかかったら、放水していたので写してきました。最近は何処に行くにも、カメラを手放せません。何故って、ネタに詰まったら、私のブログなど成立しませんから。(笑)

 

 

 

昔話ですが、このダムが出来る以前この辺りは、樽淵という名の深い淵だったそうです。サクラマスが、さらに上流に遡上するために、この淵で体を休めたのだと釣りの師匠に聞いた事があります。師匠も師匠に聞いた話だが、と言う前置きが付いた話でしたが

 

 

 

高嶺を出る破間川の(たかねをいずるあぶるまの)尽きせぬ流れ日に新た・・・遥か昔、私が通った小学校の校歌を、思い出しました。不意にこう言うものを思い出すと、感情の処理に困る時があります。

友人は歳をとったからだと言いますが、自分ではそんな積りは無いんだが。まあ、そう言うと、鏡を見た事が無いんだかと、言われるに決まっているので、黙っています。

 

 

 

樽淵の話しの続きですが、南北朝の動乱期か、戦国の世だったかは知りません。戦いに敗れ、此処まで落ちのびてきたお姫様が、樽淵に身を投げたと云う話が残っています。それ以来樽淵の大岩の陰に、ひっそりと黒百合の花が咲くようになったと言う事です。

 

「古の悲哀を知るや樽淵の姿を今に見ることもなく」夢才

 

子供の頃に聞いた昔話だけれど、黒百合の花って樽淵で、見た事が無いんだよね。白山や白馬岳以北の花の名山では良く見る花だけど。

category: 風 景

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