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2012年11月の記事一覧

白鳥を見に行こう 8 「またね」  

 

 助走なしで舞い上がる。

 

 

 舞い降りるのもいる。

 

 

 子供もも飛びたつ。

 

 

 悠々と街の空から下りて来る。

 

 

 電線に、ぶつからないかとハラハラさせる。

 

 

 上空を回りながら数を揃え、塒に帰るのもいる。

 

 

 朝日連峰も飯豊連峰も雪で真っ白です。二王子岳や五頭山

 も、薄らと雪化粧を始めています。お天気は良かったので

 すが、雪を被った山からの風は冷たかった。それでも小半

 日、ここで白鳥と遊ばせて貰いました。

 今度来るときには何処に居るのかな。あんまり深い雪にな

 らなければ良いね。じゃあまたね。

   

category: 野鳥の記

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道草の徒然に 「謙信所縁の常安寺」  

  

 この前の道草では、この参道入り口で終わっていたよう

  思います。謙信公所縁の常安寺と火防日本総本廟・秋葉

 尺坊大権現への参道です。

 左右の写真を画面に入れて撮った物を探しましたが、撮影

 していなかったようです。仕方ないので、縮小したものを

 並べて置きました。

 

 

 参道を行くと左側に手水舎がありました。不動明王が祀ら

 れ、龍頭から水が流れています。手水鉢には秋葉賽前と彫

 られています。

 

 

 常安寺山門です。

 この寺は天文20年(1551年)上杉謙信公(長尾景虎)が創

 建され、景虎の栃尾時代の学問の師で瑞麟寺五世の秦廉門

 察和尚が開山したものです。

 上杉氏の会津移封により、この寺も慶長3年(1598年)

 月に会津へ移っています。

 慶長6年には、上杉氏の米沢移封により常安寺も米沢に移

 りました。

 元禄14年(1701年)現在地に常安寺は再建されましたが、

 その間の事情を調べるに至っていません。

 

 

 常安寺本堂です。唐破風の立派な玄関が、寺の風格を現わ

 しているようです。

 余談ですが、日本の仏教寺院の建築様式の元は、唐の役所

 の建物だそうです。

 唐に仏教が入った当時、経典や仏像の置き場所として役所

 の建物を使ったそうです。日本でもそれを真似て寺を造っ

 たのですね。

 (現在の常安寺本堂は、昭和54年に建てたものです。)

 

 

 

 常安寺の庭前に、新潟県指定文化財の一覧と内容、それに

 栃尾市指定文化財の一覧と内容を栃尾市教育委員会が掲げ

 てありました。

 栃尾市は長岡市と合併していますので、長岡市教育委員会

 が引き継いでいるのでしょう。

 内容の歴史遺産は、上杉謙信と景勝に関するものです。

 (常安寺所蔵)

 

 

 本堂を左に行くと、お地蔵さまが並んでいます。子供の健

 やかな成長を見守り、不幸にして賽の川原に行ってしまっ

 た子供を救うと云う優しい菩薩さまです。

 

 

 お地蔵様の前から振り返ると、小さな石塔がいっぱい並ん

 でいます。白い菊の花が手向けられていました。

 

 

 お地蔵さんと別れると、長い石段が現れます。百段までは

 数えたのですが途中で数え損ない、なん段あったのかわか

 りません。

 この石段を上ると、秋葉三尺坊大権現の社と公園が在るの

 ですが、それはまた後日に。

 

category: 神社仏閣

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白鳥を見に行こう 7 「なかよし」  

 今回の白鳥は、二羽で寄り添ったり餌を食べたり歩いたり

 しています。夫婦なのか恋人なのか、とにかく仲が良さそ

 うです。 

 

 

 ピッタリとくっ付いているのに、なぜか見つめ合っていま

 せんねえ。

  

 

 二羽で、何を見ているのでしょう。

 

 

 よそ見してると、仲間を踏んじゃうよ。

 

 

 ご飯がいっぱい食べられて、しあわせ。

 

 

 ちょっと待って、ここが痒いのよ。

 

 

 お待たせ。

 

 

 お~い待ってくれよ。

 

 

 ふう~、やっと追い付いた。

 

 

 泥の中にも、美味しいご飯があるのよ。

 

 

 今度は稲のあるところに行こう。

 

 こんな会話をしているように見えました。白鳥は仲睦まじ

 くて良いですね。そう見えるだけなのかな。

 

category: 野鳥の記

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道草の徒然に 2 (栃尾の町)  

 

 栃尾の城跡を遠望した後、栃尾の町を散策して見ました。

 歩いている人をやり過ごしてから、雁木の通りを写しまし

 た。写真の左下に何か書いてあります。

 

 

 雁木の解説です。

 

 

 立派なお寺の本堂です。雪が吹き込まないように、冬囲い

 をしていました。真宗大谷派・佐々木山・西巌寺と書いて

 ありました。

 

 

 冬囲いの邪魔にならないように、来た道を引き返します。

 

 

    途中懐かしい人の宣伝看板が有りました。

    「強力殺虫剤ハイアース」水原弘さんでした。

    いつから此処に在るんだろう。

 

 

 舞台小路と書かれています。この小路の名前でしょうか。

 脇にも何か書かれています。

 

    

     これです。云われが書いてありました。

 

 

 センターラインが引けないほど狭い道が続いています。

 

 

 こんな地図も雁木の通りにありました。

 

 

 栃尾名物油揚げです。(画像は此方で

 

 

 上杉謙信公の座像は、秋葉公園に在ります。

 この辺は、木で出来た昔の雁木の面影があります。

 

 

 秋葉公園に行く途中で見た柿です。

 

 

 忘れていましたが、この狭い道は町の大通りです。門前小

 路と書いてありました。

 

 

 門前小路です。こちらは左側、秋葉大権現の案内です。

 

 

 そして、こちらが右側の常安寺の案内です。

 本当は柿の実を見ながら車道を行き、秋葉公園を散策し、

 常安寺に寄ってから此処に出て来たのです。

 これより先のことは、日を改めてご案内します。なんてっ

 たって白鳥のことが気にかかりますから。( ^^) _U~~

 

category: 風 景

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白鳥を見に行こう 6 「仲間」  

 田圃のあちらこちらで、白鳥たちの鳴き交わす声が聞こえ

 ます。挨拶をしたり、仲間を呼んだりしています。

 たらふく食べて座り込んでいるのもいます。長旅の疲れを

 癒しているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の陽も傾き始め、雪の山から吹き下ろして来る風は冷

 たいけれど、白鳥たちは気にしていないようです。 

category: 野鳥の記

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道草の徒然に  

 

 白鳥を見に行く途中で、こんな看板を見てしまいました。

 長尾景虎(上杉謙信)が、15歳で初陣に勝利した栃尾城の

 案内板です。

 

 長尾景虎は、享録3年(1530年)1月21日、越後守護代長

 尾為景(三条長尾家)の4男(次男、3男の説もある。)

 として春日山城で生まれています。

 母親は、越後栖吉城主長尾房景(古志長尾家)の娘で虎御

 前と言います。幼名の虎千代は、寅年生まれに因んで名付

 けられたそうです。

 

 

 栃尾市は長岡市と合併して、長岡市栃尾になりました。藩

 政時代は古志郡長岡の牧野氏の領地でしたから、元に複し

 たと言えるのかも知れません。

 ちなみに、栃尾も昔は古志郡でした。

 

 

 西谷川と栃尾城跡です。赤い屋根の上、山の平たい所が本

 丸の跡です。その左の植林された所が二ノ丸のようです。

 

 

 西谷川の下流方面です。少し先で刈谷田川に合流していま

 す。この川は、栃尾城の天然の要害になっていたのでしょ

 う。

 

 

 西谷川を挟んだ台地に建つ、謙信公の座像です。背後の山

 が栃尾城跡です。最初の写真に在る通り、幾つもの廓を備

 えた堅固な山城です。

 

 長尾景虎(上杉謙信)は、父為景の死後家督を継いだ兄の

 晴景の命を受け、古志郡司として栃尾城に入りました。そ

 の目的は、反守護代勢力の一掃と阿賀野川以北の揚北衆の

 制圧にありました。

 15歳の景虎を侮った豪族の謀叛を打ち破り、初陣を飾った

 のが栃尾城の戦いと云われる合戦です。

 

 景虎は後に兄晴景の養子となり、19歳で越後守護代家の家

 督を継ぎ、春日山城主となりました。その2年後の天文19

 年(1550年)に越後守護上杉定実が後継者を遺さず死去し

 たため、将軍足利義輝は景虎の越後国主の地位を認める事

 になりました。

  

 景虎の家督相続と越後国主の地位に不満を持った魚沼郡上

 田の坂戸城主長尾政景(上田長尾家)が対立したが、天文

 20年1月に政景方の板木城主発地長芳を攻撃し勝利し、8月

 には坂戸城を包囲して降伏させました。この戦いの後、名

 実ともに越後国主となった景虎、22歳の時でした。

 

 景虎が小田原城を包囲した永禄4年(1561年)3月16日、上

 杉憲政の要請で鎌倉の鶴岡八幡宮において、山内上杉家の

 家督と関東管領職を相続し上杉政虎と名を改めています。

 

 あわわ、こんな所で時間を浪費して、白鳥を見に行く時間

 が遅くなる。(^◇^)

 

category: 歴史よもやま話

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白鳥を見に行こう 5 「親と子」  

 

 白鳥に聞いてみた訳ではありませんが、親子の情愛のよう

 なものが感じられた一枚です。

 慈しみ育てる。生物の一番美しい行為です。

 

category: 野鳥の記

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大根干し  

 今日の勤労感謝の祝日は、冷たい雨の降る日でした。この

 日は、1873年から1947年までは新嘗祭の祝日でした。

 日本では古い時代から五穀の収穫を祝う風習があり、

 も新嘗祭まで新米を食べない地方もあるようです。

 国としても一年を養う大事な蓄えを祝う行事として、飛鳥

 時代の皇極天皇の御代に新嘗祭が始められたと伝えられて

 います。

 いつ頃からか中断されていましたが、元禄時代の東山天皇

 の在位中に復活されたということです。

 

 

 五穀の仲間ではありませんが、収穫した大根を並べて干し

 ています。50本ほどですが、沢庵漬けにします。

 

 

 この大根は、親戚に頼んで作って貰ったものです。生家の

 ある集落の畑は遠いので、最近は自分では耕やさないで頼

 んでいます。

 以前は荒縄で括って軒先にぶら下げて干したのですが、玄

 関先の車寄せが大根干し場になりました。

 2週間ほど干したら、米糠と塩と一緒に漬け込みます。

 

 

 これは菜園で収穫したタカノツメ(トウガラシ)ですが、

 防腐効果を期待して20本くらい沢庵漬けの中に入れます。

 

 沢庵漬けが終わると、わが家の冬支度は全て終了します。

 

category: 菜園の記

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白鳥を見に行こう 4 「大空」  

 白鳥が飛んでいる姿をお楽しみください。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真の一つ一つにはコメントを入れませんでしたが、お楽

 しみいただけたでしょうか。

 白鳥シリーズ、もう少し続けようかなと思っています。 

 

category: 野鳥の記

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白鳥を見に行こう 3 「水辺」  

  

 水を張った水田に、次々に白鳥がやってきます。

 

 

 着水と言うより着泥です。

 

 

 降り立ったばかりで込み合っています。

 

 

 暫らくすると、家族単位でまとまって来ます。 

 

 

 さあご飯を食べに行くよ。そんな感じです。

 

 

 水田の外には餌になる物がたっぷりあります。

 

 

 羽根の黒い子供が大勢な家族です。

 

 

 家族同士のあいさつのようです。

 

 

 右に行く家族もあれば、

 

 

 左に行く家族もある。

 

 

 言うことをきかない子を、

 

 

 呼び戻したりもする。

 

 

 歩き始めれば結構早い。

 

 

 気まぐれのようにも見えるけれど、

 

 

 目的地に着いたようです。

 

 

 ここまで来て身繕いかな。

 

 

 ちゃんと餌場に行くようです。

 

 今回は水辺に居た白鳥をテーマにしました。こうしている

 間にも田圃から飛び立ったり、田圃に降り立ったりしてい

 ます。水の上でなくてもふわりと降りて来ます。

 

category: 野鳥の記

白鳥を見に行こう 2 「雪山」  

 

 お、白鳥が飛んだ。

 

 

 田圃で採餌する白鳥。

 

 

 畔道に出て来た白鳥。

 

 

 続々と畦道を横断する白鳥。

 

 

 水を張ってある田圃で遊ぶ白鳥。

 

 飯豊連峰が雪で真っ白でした。五頭山も少し白くなってい

 ます。雪の白さと白鳥が良い感じでした。

 今年は2番米の出来も良いようで、白鳥たちは腹いっぱい

 食べている様子です。

 水の張ってある田も、秋に代掻きをしてあるようでした。

 田のためには必要のないことですから、多白鳥のためだ

 と思います。

 

 

 2番米どころか稲刈り時に青くて刈れなかった稲を、その

 まま残してありました。よく実っています。

 

 

category: 野鳥の記

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白鳥を見に行こう  

 

 19日は良い天気だったので、白鳥を見に行って来ました。

 ここは新潟県の蒲原平野で新津と言う所です。有名な瓢湖

 ではありません。

 

 

 あちこちで道草を食いながら、魚沼から1時間50分ほど車

 を運転すると、こんな白鳥を見ることが出来ました

 

 

 およその見当を付けて来たのですが、予想通りの所に白鳥

 がいてくれました。

 

  カメラは、Canon PowerShot SX40HS 28㎜~840㎜ 

  ズーム専用カメラで、一眼レフではありません。

 

 天気は良かったけれど、薄着できたら寒かったです。300

 枚ほど撮ったんですが、整理をしたらまたアップします。

 

category: 野鳥の記

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小出駅周辺の風景  

 

 上越線小出駅の構内です。右端の線路は只見線です。

 

 

 小出駅前に盛り上がる藤権現です。山頂に祠があります。

 

 

 小出駅の裏には魚野川の堤防が在ります。土手道の先に只

 見線の鉄橋も小さく写っています。

 

 

 只見線の線路上を走って来た特殊車両が、路線から離れて

 小出駅に入って来ました。保線区の車両でしょうか。

 

 

 小出駅の裏には魚野川が流れています。正面の杉の植林が

 された山は、南北朝時代に築城された山城の跡です。

 

 

 少しズーミングします。 

 

   戦国時代にも、この山城は使われています。上杉氏の会津

 移封の後、越後に入った堀氏の時代には、小倉主膳正がこ

   の城を守っていたと記録に在ります。

 慶長15年に堀氏が改易になると、この山城も廃城になった

 ようです。

 

  

  小出駅の反対側の線路です。群馬県の高崎を経て、東京の

 上野駅まで続いています。

 

  

 線路を眺めながら少しばかり感慨に耽っていたのですが、

 目を上げると、大きくて白い山が聳えていました。

 白い雪が音も無く街や野山を埋めて行く冬も、もうそこ

 で来ているようです。

  

category: 風 景

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街の風景  

 

 小出橋から魚沼市街を撮ります。

 

 

 カメラを右に少し振ります。

 

 

 さらに振って少し広角で。

 

 

 もう少し右に振ってみます。

 

 

 雪囲いの風景です。

 

 

 今度は、小出橋からカメラを左に振って見ます。

 

 

 少しだけズーミングして、空を大きく撮りました。

 

 

 さらにズーミングします。県立小出病院が見えます。

 病院の後ろは広瀬谷の風景です。幾重にも重なった山を超

 R252と、昨年の水害からいまだ全線復旧していな

 い只見線が、福島県の会津地方に続いています。

 

category: 風 景

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魚沼三山雪景色  

 

 昨日16日は良く晴れました。

  魚野川と魚沼三山の雪景色です。

 

 

 ズーミングしてみました。

 

 

 日本百名山、魚沼駒ケ岳です。

 

 まだ白さが足りませんが、魚沼のシンボルの雪景色です。

category: 風 景

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晩秋の魚沼の風景  

 

 関越道を走るバス。 

 

 

 ゴミ処理場の煙。

 

 

 目立つガスタンク

 

 

 楓の黄葉。

 

 

 ミズナラの紅葉。

 

 

 チュウリップ公園から。

 

 

 球根を採り終えたチュウリップ畑。

 

 

 ゴルフ練習場の駐車場から。

 

 

 テニスコートも冬支度。

 

 

 野球場も雪に備えて。

 

 魚沼市の一部ですが、晩秋から初冬への風景でした。

 

category: 風 景

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 初雪の降った翌日です。午前中は雨で、雪はすっかり消え

 てしまいまいました。午後からは時々日が射し、虹が出て

 いました。

 少年の日のように虹を追いかけて、写真を撮りました。

 

 

 真っ赤に紅葉した木が在りました。これはなんと言う木で

 しょう。聞いたことは有るのですが、忘れました。

 

 

 これは、ツタウルシです。 

 

 

category: 風 景

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初雪の翌日  

 

 

 初雪が降った翌日です。午後からは時々お日様が顔を出し

 ました。

 白くなった山は、八海山です。

category: 風 景

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雪やこんこん  

 

 あんまり外が静かなものですから、もしやと思って出てみ

 ると案の定初雪が降っていました。

 

 

 雪囲いも終わっているので降っても良いんですが、少し早

 すぎるような。

 上空に-30℃の寒気が入っていると言うことでしたから、

 まあしょうがないかな。

 

 

 菜園も雪に埋もれています。

 真夜中に、フラッシュを焚くのもどうかなと思ったんです

 が、カメラ片手に犬のように庭駆け回ってしまいました。

 この雪も、まだ本格的に積りはしません。その内に消える

 と思います。

category: 降雪の記

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秋の或る日  

 

 

 上天気に誘われて、魚野川の畔まで散歩に行きました。

 の通りは、魚野川の河川改修によって出来た道ですが、歩

 道が土手道に繋がっていて散歩する人や走っている人も多

 くいます。

 河川改修前この辺りは、柳原と言う雁木が懐かしい飲食店

 街になっていました。

 もうとっくに亡くなってしまいましたが、「俺が抱いて寝

 ていない雁木の柱は無い。」という大酒飲みの伝説があり

 ました。いったい何本の柱が在ったことやら。

 

 

 魚野川対岸の風景です。中央に小出スキー場が見えていま

 す。スキー場の左端にジャンプ台も見えます。

 上越線の線路が、川に沿って敷設してあるのが見えます。

 

 

 東京方面行きの電車が通ります。と言っても、今では上野

 までの直通はありません。最長で高崎まで、後は湯沢か六

 日町止まりです。新幹線が出来てからは、ローカル線化が

 著しいです。

 

 

 電車が遠ざかって行きます。「次は八色でございます。」

 

 

 ぼ~っと川面を眺めていたら、新潟方面行きの電車が来ま

 した。 

 

 

 「小出、小出、小出駅に到着いたします。」なんて、車内

 アナウスをしているところでしょう。

 

 

 左の白い建物の下に、小出駅があります。大勢の人が、あ

 そこから旅立って行ったものです。

 魚野川の水が細いですね。その分、川原の草紅葉が広々と

 しています。

 画面を上下に分ける橋は小出橋です。昔は中橋と言ってた

 んですけどね。最初の写真の辺りに、チトシャンシャン

 弾きの音が聴こえていた頃の話です。

 

 さて、無駄話はこれくらいにして、家に帰ると致しましょ

 う。(この風景は10月下旬のものです。)

 

 

category: 風 景

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まだ途中ですが  

 

 庭木の囲いを始めました。まだ途中ですが、飽きるとこう

 して写真を撮ったりしていますので、なかなか仕事も進み

 ません。

 せっかく紅葉しているのを囲ってしまうのは勿体無いです

 が、あんまり寒くなってからでは嫌になりますから。

 

 

 道具類です。この他にも脚立や梯子を使います。

 

 

 荒縄です。2分5厘の太さの物を使っています。

 昔から生活に密着してきた物は、メートル計測はそぐいま

 せん。

 人の肘から手首までの長さを基準にした尺が、使い勝手が

 良いですね。そういえば腕の後側(小指側)の骨を尺骨と

 言います。

 

 

 雪囲いに使う物は、こんなお店に買い出しに行きます。大

 概の物は揃えています。

 

 

 こんな丸太を買う時には、予約が必要ですがトラックを貸

 してくれます。配達はしてくれませんが、便利に利用して

 います。

 軽トラックのおっさん達は、車を横づけにして積み込んで

 います。

 

category: 風 景

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菜園は今  

 

 10月半ばになって蒔いたダイコン菜ですが、寒くなって来

 て生育は悪いです。

 食卓に出せるより先に、雪に埋もれるかも知れません。そ

 れはそれで来春の楽しみではありますが、少し残念なよう

 な気もします。

 

 

 ニラの種です。一度は元気をなくしたニラの葉が、青々と

 しています。ニラは強い野菜です。もっともあまり構わな

 いから、半ば野生化しているのかもしれません。

 汁の実や餃子の具、レバニラ炒めなどで食べています。

 

 

 まだトマトがいっぱい生っています。もう少し色付いたら

 全てもぎ取り、片付けてしまいます。トマトは擂り潰して

 ソースにする積りです。パスタ用のソースですが、結構旨

 いですよ。

 

 

 菊の花の上にアオガエルがいました。ただじっと待ってい

 るだけで、御馳走が勝手にやって来るから良い狩りの場の

 ようです。

 私の菜園は、この子たちに守って貰っているので、一切農

 薬は使いません。

 冷たい雨の日は姿を見せませんが、天気が回復すると虫取

 りに精を出しています。

category: 菜園の記

こんな写真が  

 今月は4日、日曜日に晴れただけで、毎日ほとんど雨が降

 っています。

 それでも少しの晴れ間をぬって、冬支度で忙しい人々が立

 ち働く姿が眼に付く魚沼の地です。

 

 冬支度の仕事は家によっても違いますが、一階の窓を雪で

 圧し破られないように板で囲います。庭木も圧し潰されな

 いように、杭や板で囲います。立ち木も丸太で添え木をし

 たり、枝が折れないように縄で吊ってやったり束ねたりし

 ます。

 

 その他にも枝下ろしをした木を片付けたり、除雪や消雪の

 準備、盆栽や草花の鉢の移動と限りがありません。

 そうそう、漬け物も冬の準備の一つです。沢庵、野沢菜漬

 その他色々です。

 

 

 冬囲いの丸太の側で咲いていた菊の花です。

 

 

 お隣の玄関先で咲いていた薔薇の花です。

 

 晩秋なのか初冬なのか、何れにしろ季節の変わり目で

 す。風邪など引かないよう気を付けましょう。

 

 

category: 風 景

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秋草に覆われて  

 

 魚沼市堀之内から十日町市に行く国道252号線沿いに、

 秋草に覆われて石碑が建っています。以前から目にしてい

 ましたが、立ち寄ったのは初めてです。

 

    

 石碑には、御本陣跡福島県知事松平勇雄書とありました。

 松平勇雄は、福島県大沼郡会津美里町の伊佐須美神社宮司

 松平健雄の二男として、明治40年に誕生しています。

 (松平健雄は、会津藩主松平容保の二男)

 

 松平勇雄は1951年に参議院議員に当選以来、1976

 年に落選するまで4期23年参議院議員を務めました。同

 年、贈収賄事件で逮捕された福島県知事木村守江の辞職で

 行われた知事選で当選、3期12年福島県知事を務めた人

 物です。

 (佐藤内閣時代の第29-30代行政管理庁長官・

            1966年12月3日-1967年11月25日)

 

 

 石碑の裏書によると、森山家の日記によると貞享4年8月

 24日に、松平遠江守の宿ったことが判ります。さら

 に、森山家の主が佐右エ門とご機嫌伺いに行ったが、不機

 嫌であったと読めます。(単に宿の主、佐右エ門がご機嫌

             伺いに、かも知れません)

 

 本陣とはありますが、臨時の本陣だったと思われます。

 国街道沿いに堀之内宿があり、本陣も整備されていま

 たし、この道は参勤交代の道沿いではありません。

 

 昭和54年如月、森山善治郎・角谷久次建立とあります。

 森山善治郎は、本陣となった森山家の子孫でしょう。

 角谷久次は当時県会議員で、雪の法律新潟県試案を立案 

 し、豪雪地対策特別措置法の成立に力を注いだ人物です。

 

 ところで、松平遠江守とは如何なる人物でしょう。

 福島県知事松平勇雄の書とありましたから、会津松平家と

 所縁のある人物に思われますが、彼の祖父で会津藩主松平

 容保は美濃高須藩松平家の出身です。高須藩主に遠江守

 官名を持った人物は居ません。(会津藩主は肥後守、万

 元年左近衛権中将)

 

 貞享と言えば天和の後で、元禄の前です。将軍は徳川綱吉

 で貞享4年(1.687年)は生類憐みの令が出された年です。

 当時、信州飯山藩4万石の藩主松平忠俱、従五位下、遠

 守「寛永16年(1.639)~元禄9年(1.696)」と言う人

 がいます。

 飯山からの参勤の道順ではありませんが、年号から、この

 人物に間違い無いように思います。

 なぜこの道をの疑問は残りますが、魚沼北部から信州飯山

 へ行くなら順当な道順です。 

 

 道路脇にポツンと置かれた石碑から、ずいん昔の情報が

 読み取れました。

 それにしても田舎の日記に、古い時代の人物の記録が

 保存してあったものです。

 日本人の記録魔振り、記録オタクには計り知れない物が

 ります。   

 

category: 歴史よもやま話

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秋明菊は健在なり  

 

 八重咲きの秋明菊です。今年は咲くのが遅れて今頃満開で

 す。急に寒くなって来たので、戸惑っているようです。

 

 

 初雪が来る頃まで咲いていてほしい花です。

 

 

 白花の秋明菊も、咲くのが何時もより遅れました。

 

 

 可憐で可愛い花です。

 

 

 最初に咲き始めた一重のピンクの秋明菊も大分痛んで来

 したが、まだ懸命に咲いています。

 

 10月は半袖で過ごせる日もあったのに、ここにきて急に寒

 くなりました。そろそろ樹木の雪囲いをしなくてはならな

 いのですが、寒いので怠けています。

 

category: 植物の記

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キクイモ  

 

 10月初旬のキクイモの花です。畑に植えられていました。

 キク科ヒマワリ属の花ですから、向日葵の花にもどことな

 く似ています。

 原産地は北米ともブラジルとも言われていますが、良く解

 かっていないようです。

 

 

 これもキクイモですが、野生化したものです。魚野川の、

 河岸段丘の斜面に咲いていました。花に蝶が止まっていま

 すが、この蝶が私のプロフィール写真になっています。

 

 

 キクイモです。ジャガイモに似ていますが違う点は、芋の

 70~80%を占める水分と炭水化物を除いた成分が、デンプ

 ンではなくイヌリンが多く含まれている点です。

 

 イヌリンは消化によってオリゴ糖の一種のキクイモオリゴ

 糖(イヌロオリゴ糖)になるため、健康食品として粉末や

 お茶として販売もされています。最近は糖尿病に効くとし

 て、自然のインスリンなどとも呼ばれているようです。

 

 日本には江戸時代末に、飼料用作物として入って来たよう

 です。

 先の大戦では食糧難に備えて、日本やヨーロッパでも盛ん

 に栽培されたようです。

category: 植物の記

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紅葉と枝折峠からの眺望  

 昨日の、冠雪の魚沼駒ケ岳の続きです。

 今回は酷道352号線沿いの山中の紅葉と、枝折峠からの

 眺望です。もうすぐ散ってしまう木々の葉の、最後の煌め

 きを愛でて下さい。

 

 NO.1 燃えるが如く

 

 

 NO.2 いろは紅葉

 

 

 NO.3 赤や黄色の

 

 

 NO.4 色様々に

 

 

 NO.5 今が盛りの

 

 

 NO.6 五色の饗宴 

 

 

 NO.7 所々、昨年の水害の復旧工事をしています。

 

 

 NO.8 峠から来し方を振り返る。

 

 

 NO.9 枝折峠から北方を見ています。銀山平はこの稜線の

    右側下になります。

 

 

 NO.10 枝折峠の周辺のブナの林です。

 

 

 NO.11 葉を全て落とした老樹もブナです。

 

 

 NO.12 白骨樹林の様なブナの林は寒々しいものです。 

 

 

 NO.13 銀山平に聳える荒沢岳(1.969m)です。昔は銀山

     岳とも呼ばれていました。

 中央左の一段低い山が、前嵓の岩稜です。登山道は、この

 嶮しい岩壁に鎖を固定して付けられていますが、冬季は取

 り外されます。そうしないと、雪崩落ちる雪に根こそぎ持

 って行かれます。

 

 

 枝折峠越えの道も、概ね12月から5月まで通行不可になりま

 す。山も紅葉の樹林も、みんな雪の下で眠りにつきます。

 

category: 風 景

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冠雪の魚沼駒ケ岳  

 11月3日の文化の日は晴れの特異日と言われているが、今

 年は雨が降りしきる寒い一日だった。山は雪になっている

 なと思っていたが、案の定翌日山を見ると冠雪していた。

 下の写真は11月4日に、国道(酷道)352号線を枝折峠

 (1065m)までドライブして撮って来た写真です。冠雪し

 ている山は魚沼駒ケ岳です。

 

 NO.1 

 

 

 NO.2

 

 

 NO.3

 

 

 NO.4

 

 

 NO.5

 

 

 NO.6

 

 

 NO.7

 

 

 NO.8

 

 

 峠に近付くにつれて、駒ケ岳の山頂が低く見えてきます。

 狭い道なので自由に車を止められなくて、ベストショット

 を何度も逃しました。雲の流れも速く、先ほどまで見えて

 いた山が隠されてしまいます。

 

 峠道の道沿いの紅葉は、今が盛りでした。もっと天気が良

 ければ、全山燃えるが如きでした。

 

category: 風 景

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カラスが遊んでいた川  

 

 カラスが見ている川の流れは羽根川と言い、権現堂山の山

 懐から流れて来る小さな川です。

 

 羽根川と言うと、鎌倉時代に上野国の新田氏一族が越後の

 魚沼郡一帯に進出して来ましたが、そのなかに羽根川を名

 乗る者がいました。

 

 羽根川氏の居城は、現十日町市の秋葉山城跡です。そこに

 も羽根川と言う小さな川が流れています。

 

 羽根川氏も大井田氏の武将として、新田軍の鎌倉攻めから

 南北朝の動乱期に参加しています。しかし、南朝側の敗北

 により、それ以後の消息は不明です。

 

 このカラスがいた川も、もしかしたら羽根川氏との所縁が

 あるのかも知れませんが、そんな事とは無縁のように川は

 れ続けています。

 

 

  

 川原で見付けたマユミです。紅い種をぶら下げて良く目立

 ちますが、花の時期には目立たない花を付けます。

 

 

 ツリフネソウがまだ咲き残っていました。蕾もあるので、

 まだ咲く積りなのでしょう。しかし、もう霜月だぞ。

 

 

 ノコンギクも大分痛んでいますが、まだ咲いています。

 

category: 風 景

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紅葉  

 新潟県魚沼市の小出から只見線沿いに国道252号線を北

 上し、県境の60里峠付近の紅葉でもと思ったのですが、走

 るにつれ前方の空は雲が厚くなり峰々を隠し始めました。

 それで、魚沼上条駅前で国道290号線に入り長岡市栃尾

 方面に行き先を変更しました。この道沿いも紅葉が綺麗で

 した

 

 NO 1

 

 霜月一日の空です。ルートから少し外れた高台に在る田園

 風景です。中央の平べったい山は天ヶ倉山と言って、上杉

 時代の山城の跡と云われています。

 

 この後はナンバリングをするだけにします。どうぞ魚沼の

 山間の紅葉をお楽しみください。

 

 NO 2

 

 

 NO 3

 

 

 NO 4 

 

 

 NO 5

 

 

 NO 6

 

 

 NO 7

 

 

 NO 8

 

 

 NO 9

 

 

 NO 10

 

 

 NO 11

 

 

 NO 12

 

 

 NO 13

 

 如何だったでしょうか。どの写真も、人家からそう離れて

 いない里山の紅葉の風景でした。

 

 NHK児童合唱団による唱歌「紅葉」です。聴いて下さい。

 

category: 風 景

無才のアルバム ちりつぼ

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