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2012年12月の記事一覧

雪おんな  

 

 

 吹雪で里に帰れなくなった老若2人の猟師が、小屋の中で寒さをしのいでその夜の宿にします。顔に吹き付ける雪に目を覚ますと、白く美しい女が隣に寝ていた老いた猟師に白い息を吐きかけ凍らせて殺してしまいます。

 女は若い猟師にも息を吐きかけようとしましたが、若い猟師の顔を見て笑みを浮かべて息を吐きかけるのをやめました。「今夜のことは誰にも言うな。言ったら殺す。」そう言い残して、女は吹雪の中へ出て行きました。

 

  

 

 数年後、若い猟師はお雪と云う名の美しい娘と結婚して、10人の子供が産まれました。不思議なことにお雪は、何年経っても若く美しいままでした。

 ある夜のことでした。子供を寝かしつけたお雪に、猟師は若い頃に体験した不思議な夜のことを話します。あの夜の美しい女と恐ろしい出来事を。お雪にそっくりな美しい女だったが、あれは雪女であっただろうかと。

 漁師が話し終えるとお雪は突然立ち上がり、その時の女は私だと言いました。あの時のことを人に話したら殺すと言ったが、寝ている子供たちを見ていると何で殺せようか。子供たちをくれぐれも頼んだよと言って、白い霧となって屋根の煙出しから消えて行きました。

 

 あらすじは、こんな内容だったと思います。この雪女の伝説は、小泉八雲が東京府西多摩郡調布村(青梅市南部の多摩川沿い)出身の親子(お花と宗八)に聞いた話が元になっているそうです。

 江戸時代の気候は今より寒冷だったと言いますが、現在の東京郊外でも雪女の伝説が残っていることに驚きます。

 

 

 

 この雪女の話は雪深い魚沼各地にも残っています。似たような話なので紹介はしませんが、私の体験談を紹介して見ようと思います。

 

 雪が激しく降る日のことでした。小千谷市での用事を済ませ、十日町市に向かって車を走らせていました。人家が無くなると道路の雪が深くなり、ぶちまける様に降って来る雪で暗くて心細い思いをしながら運転していました。

 

 吹雪いて来る雪がフロントガラスにへばり付き、ワイパーで拭い切れません。雪壁の上からは粉雪が滝のように吹き下ろされてきます。ヘッドライトに写る光景は真っ白なホワイトアウトです。

 

 吹雪が弱まるのを待つため車を止めて、どれくらいの時間が経ったのでしょう。ふと外を見ると、黒い雲の切れ間から月が出てきました。

 

 フロントガラスに凍りついた雪を払っていると、「雪がいっぺえで大変だのんし」と女の人から声を掛けられました。こんな所で誰だろうと振り向いたのですが誰も居ません。雪に埋もれた道に、足跡もありません。なんだろうと思いながら車をスタートさせました。

 十日町市での会合に何とか間に合い、知り合いに先ほどの話をすると、「おめえ良かったな顔を見なくて」と言うではありませんか。何だろうと更に話を聞くと、私が車を止めた所は雪峠と言う所で、昔から吹雪の夜に雪女が出たのです。

 

 声を掛けられたとき相手の顔を見てしまうと、雪女にとり殺されるのだと言いました。昔は、旅人が何人も命を落とした所だと云うことでした。

 

 30年も前の出来事ですが、吹雪の夜になるとあの刻の女の声が蘇ります。「雪がいっぺえで大変だのんし」と。

 

 

 

 

 

あの夜の女の声は峠の麓の声が風に乗って上がって来たものだと思いますが、当時も今も思い出すと背筋の辺りがゾクリとします。

 

 

 

 

             

 ほんの少しだけ雪女の事に触れようと思ったのですが、思いがけづ長話になってしまいました。それでは本年のブログはここまでにします。皆様良いお年を。

 

     いちごさけも~~うした。

 

 

 

                                                                                              

                                               

 

                                                                                                                                                                                                                                                         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小泉八雲は「怪談」の中で、雪女の伝説を紹介しています。

category: 文学民話伝承

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酒天童子の伝説その2  

 

 

 国上寺から少し下った所にある五合庵です。良寛所縁の庵として知られていますが、元は国上寺本堂を再建した客僧萬元上人がここに住し、日々五合の米を給されていたのが庵の名の由来だそうです。

 良寛が修行の旅から帰ってここに住み始めた寛政5年(1793) には築百年ほども経っていた庵だったそうですから、そうとう草むしていたことでしょう。良寛はここに40才くらいから20年ほど住んでいたそうです。

 五合庵は良寛の死後75年目の明治39年(1906)に大雪のため倒壊して、大正3年に再建されています。

 

 

 国上山(313m)山頂です。晴れていれば、日本海に浮かぶ佐渡島が目の前に見えます。稜線の先には弥彦山そして角田山と連なり、春先には雪割り草の山として知られています。カタクリやその他の花も咲き乱れる花の名山と言っても良いかと思います。

 

  

 稚児道を下れば酒天童子神社、近くには酒天童子の生家跡と云われる所もあります。神社は近年建てられたものだそうで、五重塔とその脇に酒天童子を祀った祠があります。ご利益も書いてあり、縁結びに験があるのだそうです。

 

 

 国上寺から道の駅くがみまで練り歩く酒呑童子行列です。10月中旬の日曜日に開催されているようです。

 

 

 

 さて、酒天童子のことです。付文をして来る娘たちには振り向きもしないで、仏道修行に打ち込んでいた若き日の酒天童子でしたが或る日のこと、想いが叶わなかった娘たちが恋の病で皆死んでしまったと云うことです。

 どんな思いだったのか、酒天童子は行李に仕舞って置いた娘たちからの付文を全部燃やしてしまいました。その煙に想いが叶わなかった娘たちの怨念がこもっていたのでしょう。煙にまかれているうちに、眉目秀麗だった酒天童子がみるみるうちに鬼の形相に変っていったと云います。

 それからの酒天童子の行状は鬼の酒天童子そのもので、越後の各地を荒らしまわったと言うことです。そんな中で、古志郡軽井沢生まれの茨木童子と知り合い相撲を取り、茨木童子を配下にしたと云うことです。茨木童子も相当な美男だったようですが、悪行を重ねるうちに鬼となったと伝わっています。

その後この鬼たちは信州戸隠山に住んだり、比叡山に住んだりしたということですが、配下を大勢従えて大江山に根城を構え京の都を荒らしまわりました。源頼光に退治された下りは先回ふれています。

 

  

 

 茨木童子は、ふる里軽井沢の小さな祠に祀られています。

 

     

 大江山で逃げた茨木童子は京の都を荒らし続けましたが、源頼光の四天王の一人渡辺綱に腕を切り落とされます。老婆に化けた茨木童子が腕を取り戻して、空に逃げて行くのが上の絵です。

 その後どうなったのでしょう。酒天童子の首塚が丹波と山城の境、老坂の山中に今もあると聞いたことがあります。

 茨木童子は空に逃げたまま、その後の話は知りません。

 

 昔々まだテレビが無かった時代に、母親から聞いた昔話やおとぎばなしを思い出しながら書てみました。冗長な話に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 

 越後魚沼の山村ではこういう話の最後に決まってこう言います。

 そいじゃあこの辺りで、えちごさけもう~~した。

                     

                    (^◇^)

 

category: 文学民話伝承

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酒天童子の伝説  

 鎌倉時代の末から江戸時代にかけて成立した「お伽草子」は、それまでの平安貴族の主に恋愛を題材にした長編物語と違い説話や昔話、さらには擬人化した動物などをも題材にした短編絵入り物語集です。

 丹波の国の大江山に住んでいたと云う「酒天童子」は、お伽草子のなかで京の都を荒らしまわった鬼の物語として語られています。源頼光と渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光ら四天王に退治されています。

 

 

 

 物語の中で酒天童子は、本国は越後と言っています。他にも摂津や伊吹山などの説もあるようですが、越後の国上山(くがみやま)周辺には酒天童子にまつわる伝承が残っています。また旧古志郡軽井沢村(現長岡市軽井沢)が、酒天童子一味の副頭目、茨木童子の出身地だとされています。

 

 

 

 元明天皇の御代和銅2年(709)に、越後一宮弥彦大神の託宣により建立されたと伝えられる国上寺(こくじょうじ)です。越後古の古刹で、弥彦神社の本地とされ代々別当寺として古記に記されているそうです。

 格式も高く、孝謙天皇の御代に正一位を賜わり、北海鎮護の最初の仏法霊場となっています。

 

 酒天童子は平安時代の初期に、越後国西蒲原郡砂子塚(燕市砂子塚)で生まれ、少年時代は国上寺の稚児だったそうです。彼が寺に通った道は稚児道と云われ、国上山山麓に今も残っています。

 

 

 

 今に残る稚児道です。稚児の仕事は、国上寺から弥彦神社へ書簡を運ぶことだったそうです。12.3歳だった彼はこの世の者とも思えぬ美少年で、沿道の村々の娘たちから沢山の付文をされたそうです。彼は、仏法に使える身であるからと、付文は行李の中にそのまま仕舞い娘たちを振り向くこともなかったそうです。

 

             続く

 

 

category: 文学民話伝承

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雀の会議  

 

 雪の上で雀たちが車座になって、何やら相談しています。

 チュンチュンと議論を尽くしているようです。

 雪が降るのが早かったので、冬の餌不況を解決しようと

 うのでしょうか。それとも、チコやミケ、よもちゃんたち

 ハンターからの防衛問題を論議しているのでしょうか。

 激論を戦わせているうちに、足元の雪が溶けて雀の身体が

 埋まっていきます。

 

 

 東西南北の上空と雪上に異常無し!雀のSPも警戒を怠りま

 せん。それぞれの分野のスペシャリスト雀の会議は、誰に

 も邪魔させてはならないのです。

 

 ハトは逃げました。・・・了解!

 空き缶は事故ってペシャンコです。・・・了解!

 野ブタはとん走しました。・・・了解!

 

 ネコのハンターは炬燵で、いや、ストーブの前を占領して

 丸く、いや、長々と身体を伸ばして寛いでいます。

 

 そうか、敵はまだ多い。警戒を怠るな!・・・了解!

 

 

 

 今日は久しぶりに青空が広がりました。ガラス窓ごしに入

 る光はポカポカと暖かく、つい居眠りをしてしまったよう

 です。

 越後の雪雀たちの世界も大変なようですが、みんな夢だっ

 たのでしょうか。

 

 

category: 野鳥の記

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昨夜は寒かった  

 

 今日は晴天になるようです。青空が広がり、気温も上昇してい

 す。11時現在2℃になっています。

  昨夜は深夜になるに連れ、冷え込んできて雪は粉雪に変りま 

 た。積雪は今朝も30㎝ほどでしたから、大した雪では無かったの

 ですが・・・・・・。

 

 

 わが家の玄関の屋根から、大きな氷柱(ツララ)がぶら下がっ てい

 ました。

 

 

 お隣の屋根からも沢山の氷柱がぶら下がっています。気温が下

 り過ぎると、融雪屋根は氷柱が出来やすいのです。

 

 

 ウチの庭の雪です。ずいぶん厚くなりました。1m50㎝くらいで す。

 冬本番はこれからですが、一体どうなります事やら なんだか楽し

 みな様な、そうで無い様な。 ( ^^) _U~~

 

 

category: 降雪の記

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今日の雪模様  

 今朝の積雪は30cm弱で、予報が悪かったわりに大したこと

 はありませんでした。現在-1℃、午後3時頃には-5℃

 の予報が出ているので、午後になると吹雪になるかもしれ

 ません。

 朝6時の天気図によると、西高東低で等圧線も縦になって

 いるので典型的な冬型です。ただ新潟県付近は等圧線の間

 隔が若干広いので、里型の雪かなとも思います。今のとこ

 ろ吹雪になってはいません。

 

 

 南天の赤い実に白い雪が綺麗だったので写してみました。

 先ほど撮ったばかりです。

 

 

 ストロベリーツリーにも新雪が積もっています。花が付い

 ていますが、ピンクに咲ききれません。

 

 

 地下水をポンプアップして散水しています。大雪の日は、

 溶け切れずに積ってしまうこともあります。

 

 

 今日の写真ではありませんが、雀が3羽雪を避けて針葉樹

 の枝に止まっています。この日は、ここを宿にしたのかも

 知れませんね。

 

 

category: 降雪の記

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白い花  

 

 今朝の庭の雪です。降り始めは凄い雪でしたが、昨夜の内

 に止み積雪は15㎝ほどしかありませんでした。ふわりとし

 た雪です。

 

 

 

  

 11月7日の庭の木々の紅葉ですが、まだ青い葉もあったの

 ですよね。

 雪国は秋から冬へと冬から春へが、劇的に表情が変わりま

 す。どちらかと言ったら、春の柔らかで優しい光と一斉に

 萌えて来る草木の様が好きですが、冬の冷厳な表情も嫌い

 ではありません。

 

 

 今朝は、魚沼の霊峰八海山が窓辺から見えています。切り

 立った岩壁には雪さえ止まることが出来ません。威厳ある

 岳父の顔を見せています。

 悪夢のようだった民主党政権も今日が最後の日です。断末

 魔の雑音が耳に心地よく響きます。

 

 

 私が育てている「カネノナルキ」です。お金は生りません

 が、白い雪のような花が咲きました。花月とか黄金花月と

 も呼ぶようです。和名は縁紅弁慶と言うそうですが、あま

 り耳にしたことがありません。

 アフリカ原産の常緑低木で、雪も霜も降らない地方で育て

 ると樹高が3mにも達するそうです。日本には昭和初期に

 入って来た植物です。

 

 おまけ

 

 松の根方に生えた「猿の腰かけ」です。硬くて、ハンマー

 で軽く叩いたくらいではビクともしません。こいつに繁殖

 されると、古木、銘木の倒伏の原因にもなります。こうい

 う物に気を付けないと、せっかくの銘木も蝕まれてしまい

 ます。

 

   

 

 

category: 指定なし

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クリスマスイブ  

 今日は、ホワイトクリスマスになりました。しかも夜が近

 づくに連れ、雪はしく降って来ました。

  

 

 こんな曲でも聴きながら、雪の魚沼を見て下さい。

 

 

 

  

 

 

今夜はどこにも繰り出さないで、家で大人しくしています。

それにしても、明日の朝が思いやられるな!

 

 

      これは家内へのプレゼント。 

 

category: 指定なし

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妖精たちの夜  

 

 フワフワと、真っ暗な夜の空から雪が降ります。手に受け

 ても、すぐに溶けてしまいます。舞い下りる雪は、いた

 り離れたり姿を変えます妖精たちの乱舞は止みません。

 

 

 木立の枝に積る雪も様々に変化します。まるで妖精たち

 一夜限りの夢の国のようです。

 ほら、良く見てごらん。楽しそうに、妖精たちが集ってい

 るのが見えるだろう。

 

category: 風 景

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朝の雪  

 

 細かい雪がちらついている朝です。染井吉野の枝に、花の

 代わりに雪が咲いていました。

 

 

 道路の雪は消雪パイプから出る地下水で消されています。

 水温が14~5℃ですから、これくらいの雪では積ることは

 ありません。

 

 

 歩道の雪は、小型ロータリー除雪車が吹き飛ばしてくれま

 す。雪壁が、今年の12月の積雪がいかに多いか教えてくれ

 ます。

 

 

 上と同じ所ですが、立ち目線で撮影するとこんな感じにな

 ります。人がすれ違うには充分な広さがあります。

 

 

 おまけです。

 白い雪ばかり見ていると、色彩に飢えて来ます。この向日

 葵は、今年私が咲かせた大輪の花です。

 

 この向日葵の花は、雪景色に飽きていないとコメントを書

 いてくれた「ひまわりさん」の向日葵です。あれ、なんか

 日本語がおかしくなって来たようです。(^◇^)

category: 風 景

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過去の画像から  

 

 3月14日の光景です。以前エントリした時に、同じような

 画像があったので脇に除けておいたものです。

 雪代が入り始め現在より冷たい水でしたが、交代で次々に

 川に入っていました。

 

 

 この5羽のムクドリでした。相当の距離を歩いて水浴びの

 場所まで行きました。なぜ飛ばないと思ったものでした。

 

 雪の景色に飽きて来たので、過去の画像からエントリしま

 した。

 

category: 野鳥の記

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雪がやんだら  

 

 今朝(12月21日)おきると、雪がやんでいました。

 

 

 木に凍りついた雪が、曇り空の頼りなげな光に輝き始めて

 います。

 

    

    ストロベリーツリーも重たげに雪を背負っ

    ています。

 

 

 屋根に積った雪を、下ろしている人がいました。

 

 

 こちらのお宅でも雪下ろしをしています。高い所に上がっ

 ていても、手慣れているので危なげがありません。

 

 例年は、お正月前に1回雪下ろしをするくらいですが、今

 年の12月ときたら3回は雪を下ろしています。

 

category: 降雪の記

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プロフィールの顔を変えました  

 

 7月の写真ですが、ハイタカが獲物を捕えたところです。

 

          

 トリミングして見ましたが、これでは縮小すると、顔が

 分からなくなります。

 

 

 思い切って顔のところだけ切りとって見ました。こ

 れで縮小しても顔がはっきりしそうです。

 

 しばらくの間、この写真が私の顔になります。

            よろしくね。( ^^) _U~~

 

 

category: 野鳥の記

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たんころりんは泣いている  

 

 今日も雪が降ります。野も山も、家の周りも雪が積もりま

 す。まるで空が破けて、白い綿毛がフワフワと飛び交って

 いるようです。

 綿毛は暖かく身体を包んでくれますが、雪は包む物を皆凍

 らせて終います。

 

 

 冷たい北風が吹くのを止めると、雪は隙間が無いほど降っ

 てきます。野も山も人里さえ、埋めないでおくものかと言

 う意志を持っているかのようです。

 

 「雪がいっぺい降って嫌だのう」「ほんに、今頃からこん

 なじゃあこの冬内が思いやられるて」魚沼各地で、こんな

 会話が聞えて来ますが、喋っている当人たちは案外明るい

 顔をしています。

 

 「たんころりん」のことでした。たんころりんは柿の妖怪

 です。魚沼と言うより、東北の仙台を中心にした地方で語

 られている民話の中に登場しています。

 水木しげる氏の妖怪漫画で、一般の人に知られるようにな

 りました。

 

 たんころりんは大入道の姿をしています。柿を採らないで

 そのままにしておくと出てくる妖怪です。

 

 柿は栄養価が高い優れた果物です。昔は「柿が実ると医者

 が青くなる」と云われたそうです。そんな柿を粗末にすれ

 ば、大入道のたんころりんが出ても仕方ないですね。

 

 雪塗れになって凍みた柿もシャーベットのようで美味し

 のですが、最近は野鳥が啄ばんでいます。

 たんころりんは怖い妖怪ではありません。みんなに食べて

 ほしくて出てくる妖怪です。

 

 

category: 文学民話伝承

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もういくつねると  

 

         もういくつねると

 

  

          お 正 月

 

 

        お正月には・・・・・

 

 

        鏡  餅

 

         早くこいこいお正月

 

 少し不格好な五線譜とオタマジャクシでした。これではメ

 ロデーになりませんね。(^^ゞ

 

 もうすぐクリスマス!その次はお正月!なんだか財布が薄

 くなるばかりだな。

 せめてお正月に、誰かお年玉をくれないものか(^◇^)

 

 

category: 風 景

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また雪が  

 

 ここのところ一週間近く雪が降らなかったのですが、また

 降って来ました。

 まだ誰も歩いていない雪を踏みしめて歩くのは、気分が良

 いのですが寒いです。

 

 下の写真は、この前降った雪が造った物です。湿った雪は

 何にでもベタベタとくっ付きます。

 

    

         魔法使いのおばあさん。

 

   

         雪ダルマ制作中。

 

    

      モアイ像でも造っているのかな。

 

 

 雪囲いに着雪したものですが、形がどんどん変化していき

 ます。面白いけど寒いです。

 

 

category: 降雪の記

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栃尾 秋葉公園にて  

 

 11月22日の長岡市栃尾の秋葉公園の紅葉です。数日前こ

 に立ち寄った時にはあまり時間が無かったので、長岡で

 用事が早く片付いたので寄って見ました。

 

 この公園から近い天神山に、上杉謙信に仕えた豪傑で鬼と

 異名をとった小島弥太郎の戦死の地が在ると聞き、そちら

 にも行きたかったのですが、雨が強くなってきたので諦め

 ました。

 その代りに、下の写真のような記念碑、歌碑、句碑を見て

 来ました。     

 

    

  

 山田錫(到処)は、崇徳館教授の山田愛之助のことではな

 いかと思います。

 三島の兄で伊丹政由が中心となって結成した「桶宗」の指

 導をしています。河合や小林、三島も加わっています。

 

 河合継之助は、戊辰の役での北越戦争で長藩総裁として

 長岡藩の指揮を執った人物です。

 作家の司馬遼太郎氏が、「峠」と言う題で河合を主人公と

 した著作を遺しています。

 

 小林虎三郎は「米百俵」で有名になりました。

 

 三島億次郎は嘉永2年から6年まで江戸詰でしたが、その間

 佐久間象山の塾に通い、そこで吉田松陰とも親しくなって

 います。山本帯刀と共に河合継之助を支えた人物でもあり

 ます。明治になってからは、戦争によって荒廃した長岡の

 復興に力を尽くした人物でもあります。

 

 余談ですが、連合艦隊司令長官山本五十六は、会津で無念

 の死を遂げた山本帯刀の名跡を継いだ人物で、元は高野と

 いいました。生涯、河合継之助を尊敬していたそうです。  

 

 

    

 天保と言うと7年の大飢饉、8年の大塩平八郎の乱があり

 ました。この句碑が建ったと同じ年の11月14日に、江戸時

 代後期の剣客、白井 亨が亡くなっています。

 

 

    

   

 柳涯のことは良く知らないのですが、確か甲州出身の俳人

 ではなかったかと思います。(記憶違いかも知れません)

 

 栃尾と言う所は、江戸時代から織物の町として知られてい

 ました。主に農家の副業として織られていたようですが、

 それだけに金回りの良い土地柄だったのでしょう。俳句の

 会などは、食いあぐねるような貧しい土地では成立しませ

 んから。

   

 

    

        師弟とは良いものですね。

 

 ここ秋葉公園には他にも古い石碑や戦没者の供養塔などが

 ありましたが、雨粒が大きくなって来たのを機に立ち去り

 ました。

 上杉謙信公像のことは、以前紹介しています。

 

 

 

category: 歴史よもやま話

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新潟5区 長島ただよし氏 田中真紀子氏を破る  

新潟5区  

 

 

 自民党 長島ただよし氏 当選

                                              確実

        ばんざい!!!

 

 

 民主党 田中真紀子氏  落選

                                              確実

 

 

        気分爽快!!! 

 

category: 指定なし

日本をとりもどす  

 

      「もう選挙にいってきた。」byセグロ

 

      「これから行って来るよ。」by無 才

category: 指定なし

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ボロボロになった手の平の思い出  

 

 3年前に植えた南天ですが、倍ぐらい背が伸びました。家

 内の実家から分けてもらったのですが、軒下に植えたら良

 いよと言われてさあ大変。ウチは冬場の融雪のために、家

 の前全部と3方は幅2mをコンクリートにしてあります。

 

 仕方ないので写真の場所をコツコツとハツッて穴をあけ、

 出て来たセメントと撹拌して地盤改良した硬い土を1mく

 らい掘り下げました。ここまでで5日かかりましたが、よ

 うやく普通の土が出て、水を入れても自然に抜けるように

 なりました。

 

 後はホームセンターでレンガを12個と袋入りのモルタルを

 買ってきて写真のように積み上げました。これは2時間く

 らいで出来ました。

 

 レンガを積んだ翌日、軽石に腐葉土を混ぜて穴を半分埋め

 ました。次に鹿沼土に腐葉土と畑の土を混ぜてもう半分埋

 めて、大量の水を注いで土を落ち付かせました。後はレン

 ガ部分に残りの土を入れながら、南天を植えて完成です。

 もちろんジョロでたっぷりと水やりしました。

 

 写真のように、たったこれだけのことで南天を植るまでに

 1週間かかりました。最初から計画しておけばこんな手

 は要らなかったのにと、ボロボロになった手の平を眺めな

 がら思った覚えがあります。

 

       

 例年より早く、12月11日に降りだした雪が南天の葉や紅い

 実を白く塗りつぶしていきました。

 

category: 雑 感

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未丈ヶ岳  

 

 11月下旬の、天気が良かった日の朝の写真です。逆光気味

 の前山の奥に、白い峰が二つ見えています。

  手前の尖った山は鼓ヶ倉山(1030m)、奥が未丈ヶ岳(1552m)

   です。

 この二つの山の間を黒又川が流れ、三つのダム湖に水を湛

 えながら魚沼市入広瀬で破間川(あぶるまがわ)に合流してい

 ます。

 

 未丈ヶ岳、面白い名前です。いまだ丈知らずの山、とでも

 いう意味で名付けられたのでしょうか。

 この山の向こう側には只見川が流れています。山の真下に

 は大鳥ダムが在り、上流には奥只見ダム、下流には田子倉

 ダムの他、無数のダムが点在しています。

 

 田子倉ダムの下流域の福島県奥会津の渓谷を、魚沼市の小

 出と福島県会津若松市とを結ぶ只見線が走っています。

 昨年の水害で鉄橋が破壊されたりして、まだ一部復旧して

 いないと言うことです。

 

 この未丈ヶ岳には、枝折峠の駄尾から登ったことが有りま

 す。当時は登山道の刈り払いが行われておらず、藪漕ぎに

 汗をした覚えが有ります。

 その頃の私は、東京でウロウロしていた時代ですから、も

 う40年近い昔の事になりました。 

 

 最近は未丈ヶ岳も、残雪期に登山を楽しむ人達がいるよ

 です。豪雪地の山ならではの楽しみ方かも知れません。

 

category: 山の日記

散歩の途中で 「小出駅まで」  

 

 12月の半ばにもならないのに、雪は1mを越えてしまい

 ました。例年なら今頃降った雪はもう一度消えて、クリス

 マスが近づいた頃に本格的に降って来るのです。

 

    

 アーケード街を抜けると魚野川ですが、その手前の交差点

 で足止めされました。

 赤信号一人で渡れぬ怖いから・・・いやいや、車も人も止

 まりましょう。

 

 

 以前ご紹介した良寛と貞心尼の歌碑も、雪に埋まっていき

 ます。春まで雪の下になります。

 

 

 魚野川は冬寒く流れています。降りしきる雪で遠くは見え

 ません。

 確かこの流れを題材に何か書いています。これでした。

 

 

 浅瀬に生えている草が、雪に埋まっていきます。

 

 

 大粒の雪が密度濃く降っていて見え辛いですが、雪の川に

 カワアイサのペアがいました。

 

 

 こちらはカルガモですが、何が何やら写真では分かりませ

 んね。

 

 

 ようやく小出駅に到着しました。墨痕鮮やかに、小出駅と

 書いてあるのが分かるでしょうか。

 

 久しぶりに駅に来たのですが、時刻表を見て溜息をついて

 しまいました。上越本線もかっての面影も無く、短距離の

 通勤通学の電車になりました。もっとも長距離移動には上

 越新幹線が有りますが、残念ながら隣の浦佐駅まで行かな

 いと乗れません。

 只見線は、雪のため現在運休しています。(12/11)

 

 

 帰り道、大判焼きを買って帰りました。

 

 

 雪道で冷えるとこういう看板に目が行きますが、昼前から

 開いている筈もありません。

 

 家に帰れば、雪片付けが待っています。

 

category: 降雪の記

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今朝の雪  

 

 雪がやまずに降り続いています。水分をたっぷりと残した

 重い雪が、今朝も60cmほど積りました。山沿いの集落では

 1m近かったと思います。

 

 

 除雪車の目印になる路肩のポールも、半分埋まってしまい

 ました。2m50Cmの長さが有りましたから、1m25Cmの積

 雪になりました。

 

 

 わが家の庭もこの通りです。これでも地下水で消している

 のですが、間に合いません。

 

 

 家の前もこの通りです。朝食を食べたので、これからまた

 雪を片付けます。

 

category: 降雪の記

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散歩の途中で 「街に降る雪」  

 雪の季節になると、田圃道や山道は散歩に向かないので、

 雁木の・・・いやアーケードのある通りが散歩コースにな

 ります。

 昨日(9日)は一日中風雪がっていた寒い日でした。     

 

 

 アーケードの中にも雪は吹き込んできます。

 

 

 道路は消雪パイプで水を流して雪を消しています。

 

 

 アーケードが途切れると雪道です。

 

 

 お地蔵さんですが雪しか写りません。

 

 

 衆議院の選挙ももうすぐです。悪夢のような民主党政権の

 3年間でした。もう終わらせなくては明日の希望が生まれ

 ません。

 

 

 午前中ですが、居酒屋が有ると入りたくなります。

 

 

 レンズに水滴が付いていたようですが、灰色の世界に花の

 色が目に染みます。

 

 

 お菓子屋さんのクリスマスセールの旗も雪で見えません。

 

 

 雪の中ではカラフルな物が目立ちます。

 

 

 国際雪合戦大会はこんなものです。

 

http://www.niigata-kankou.or.jp/uonuma/kyoukai/event/3228.html

 

 動画はこちらです。

 

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=VX1mqOSheho

 

 散歩はまだ続きますが、一旦この辺で終わります。

 

 

category: 降雪の記

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夜の雪は雪ダルマに  

 

 ついに魚沼の雪も根雪になるようです。今日も一日降って

 いました。

 庭の雪囲いに積った雪が、雪ダルマのようになりました。

 

 

 これも雪囲いに積った雪です。

 

 

 ストロベリーツリーは花の盛りだったのに、雪まみれにな

 りました。積雪は今のところ50㎝です。

 

category: 降雪の記

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薄の用水路に雪が降る  

 

 農業用水路に雪が降っています。土手の薄も、雪の重さに

 耐えきれなくて折れ伏します。流れる水も冷たそうです。

 このまま根雪になるのだろうか。

 

 

 この間までは、フワフワした白い薄の穂が、風になびいて

 いました。

 

 

 初雪の降った後は、堪えて起き上がった薄でした。この日

 暖かで、夕方までに雪は殆ど溶けました。流れる水も

 たそうには見えません。

 でも今は・・・(最初にもどる)

  

category: 風 景

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午後の雪  

 

 「雪の朝二の字二の字の下駄の跡」は田捨女でしたかな。

 二の字ならぬ八の字の、ごつい雪靴の跡が続く昨日の午後

 の雪です。

 10時頃までは晴れていたのですが、お昼頃には真っ黒な雲

 に覆われ、ボトボトと音がするような雪になりました。

 

 

 切通しの関越高速道路の、橋の欄干に居た雀です。

 

 

 側道の金網に巻き付いた木の実に、雪が積もります。下は

 関越高速道路です。

 

 

 田も畔も白くなり、向こうは雪で見えません。

 

 

 農道の土手で、雪に埋まっている雀です。

 

 

 欅の木立ちも、雪で真っ白になりました。

 

 

 街も暗くて夕方のようです。店の照明だけが目立ちます。

 

 

 住宅も雪で霞んでいます。

 

 

 雪囲いが本番を迎えたように、誇らしげに立っています。

 

 

 畑のネギは丈夫です。雪で甘さが増すと言います。

 

 

 わが家の雪囲いです。まだこの雪も消えるような気がしま

 すが、さてどうなります事やら。

 

 

 おっと、こんな所にも雀が、越後の雪雀がいました。

 

 昨日の地震は大事になら無くて良かったですね。

 ユラ~とした嫌な揺れを感じたのでテレビを付けたら、宮

 城県に津波警報青森から福島県に津波注意報と出ていたの

 で心配しながら見ていました

 

category: 降雪の記

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石峠としだれ桜の里  

 

 山を覆うブナは、葉を落とし尽くして白々とした木肌をさ

 らしています。山の右には、旧道の峠越えの道が見えてい

 ます。石峠と云います。魚沼郡の広谷から古志郡の栃尾

 をつなぐ街道でした。現在は国道290号線として、整備され

 ています。

 石峠と名が付いた云われは、弁慶の足跡が残る石が在った

 らだと聞いています。

 

  

 1992年開通の石峠トンネルです。全長1045mあります。こ

 ちらは魚沼市側です。トンネルの入り口を飾る雪ダルマと

 蓮華ツツジの花です。

 雪ダルマは、トンネルが開通した当時の守門村で、世界一

 の大きさの雪ダルマを造りギネスに載ったからです。

 

 

 

 トンネルを潜ると、長岡市栃尾になります。少し残ってい

 た紅葉も、この後降った雪に散らされたと思います。

 

 

 トンネルが開通した当時は、栃尾市と言いました。飾り手

 鞠は繊維産業の町だった栃尾の、手がかり手鞠です。

 

 「霞たつ ながき春日を 子供らと

                  手まりつきつつ この日暮らしつ」

 良寛様が子供らとついた手鞠です。

 

 

 

 「萱も伏し棚田の景も現れり」

 

 

 「山里は雪を迎える支度中」

 

 

 「秋寂し枝垂れ桜の里景色」

 

 

 「立ち枯れし一本杉の里愛し」

 

 

 「子供らの歓声聞えぬ校庭に芒を揺らす風吹き抜けて」

 

 山里の棚田の風景は、日本の米作りの原風景ではないかと

 思っています。山里もまた、日本人の心のふる里の様に思

 います。

 

category: 風 景

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森の中に鎮まる神社  

 

 11月1日のブログで紹介した「大きな杉の木」が入り口に

 在った神社の鳥居です。石造りの堂々としたものです。

 私は鳥居を見るたびに、不思議な思いがします。

 二段目の貫は柱に貫通されていますが、屋根に当たる部分

 は乗っけて在るだけです。しかも真ん中で継がれ、支えが

 一つあるだけです。

 柱も末広がりですが、根元は台石にはめ込まれているだけ

 で、真横から見れば、ただの一本の棒のようです。

 こんな簡素な造りですが、中越地震の際に屋根に当たる部

 分が落ちた物もあったようですが、倒れたり壊れてしま

 た話は聞きません。

 こんな構造や形は、一体何処から来たのでしょう。

 

 

 「こうりゅうじんじゃしゃそう」と書かれた標柱にもある

 通り、この神社を取り巻く森は十日町市指定の天然記念物

 になっています。

 

 

 この神社の云われ書きがありました。

 新田義貞が稲村ケ崎で、荒れ狂う海を鎮めたまえと龍神に

 太刀を献じた場面は、戦前の教科書にも載っていたそうで

 す。

 確かこの合戦では、越後勢は化粧坂から鎌倉に攻め込んで

 います。

 

 太平記によると、大井田経隆は2000騎の軍勢で、鎌倉打倒

 の旗を上げた新田義貞に加勢していますが、その後、名前

 が見えるのは子の氏経です。

 

 (備中福山城の勇戦、後醍醐皇の比叡山へ避難の守護、

 東坂本・比叡山の攻防戦。)

 

 この戦いで勝利した足利尊氏は、光明天皇を即位させて北

 朝を擁立したため、南北朝動乱の時代に入ります。

 

 新田義貞は桓良親王を奉じて、越前金ヶ崎城に立て籠もり

 ます。大井田氏経は一族の大井田義政を残し、越後の北朝

 勢力に対抗するため大井田城に帰っています。

 

 

 鬱蒼とした杉の古木に囲まれて参道が続いています。人の

 背よりも高い石灯籠が、杉の根方に配置されていました。

 

 

 石段の基部から神社の拝殿を見上げます。

 

 

 神社前の広場です。手水舎と土俵がありました。

 

 

 

 杉、檜、ブナに囲まれて拝殿と本殿が建っています。深と

 静まり返った空間は、ただ清浄そのものでした。

 

category: 神社仏閣

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山の思い出(権現堂の連稜)  

 

 権現堂山の連稜をパノラマ写真風にしてみました。この

 波は、ほぼ東西に横たわっています。画面右が東です。                                                 

 

 下権現堂山(887m)

       

       上権現堂山(998m)

            

            それに唐松山(1079m)です。

 

 羽根川上流の長松口には戸隠神社が祀られていて、境内

 から下権現堂山に登山道が続いています。合目石や所々

 に石仏が祀られている道を行きます。

 ちょうど喉が渇いた頃に弥三郎清水に到着です。冷たく

 て美味しい清水です。

 

 山頂に近くなると、薮の上に頭を出した岩塔が幾つか見

 えて来ます。そこから急な道を一登りで稜線に出ます。

 小さな祠を過ぎれば山頂です。

               

               

 山頂から稜線伝いに上権現堂山までは刈り払いされていて

 歩きやすいですが、その先の唐松山までが藪漕ぎで苦労し

 た覚えが有ります。何年か登っていないので、現在はどう

 なっているのか分かりません。

 どの山頂部にも、小さな祠が祀られていたように記憶して

 います。                                

                          

category: 山の日記

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