無才の古今往来 ホーム »2015年02月
2015年02月の記事一覧

2月28日の月(月齢9.1・十日月)  

 今日は、旧暦だと一月十日です。夜空には、きれいな十日月が浮かんでいます。満月になるのは、3月6日ですからもうすぐですね。
 月出は13時12分、正中は20時17分、月没は3月1日3時20分となっています。
 美しい月も拡大すると痘痕だらけでですが、笑窪だと思って観てくださいね。(今回も手持ちで撮影しました)

 

『17:57』840㎜で撮影しました。(小さいですね)
月1

『17:58』ググっとズーミングしてみました。(まだ小さい)
月2

『17:59』840㎜×4倍で撮影しました。(画面いっぱいです)
月3

  今宵は『ゆうこ/村下孝蔵/photo.by真中瞳』こんな曲でも・・・
 

category: お月さま

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2月も終わるこんな日は  

 朝まで雪交じりの天気でしたが、ようやく回復して陽が射してきました。お日さまが顔を見せると、体感温度はグッと高くなりポカポカしてきます。
 松・梅・桜・藤・菖蒲・牡丹・萩・芒・菊・紅葉・柳・桐。花かるた(花札)の四季の花ですが、これにピッタリハマる所は、江戸それとも上方なのでしょうか。かるたの語源は、ポルトガル語の「carta」ですから案外・・・まさかね。

 まさかと言えば、魚野川の水鳥たちにも春が来たのでしょうか?

 

『カワアイサ♀』チャーミングな女の子ですね。/ こんなかわいい娘には・・・
川秋沙♀
                   『カワアイサ♂』こんなのや
                   カワアイサ♂
『キンクロハジロ♂』こんなのも
キンクロハジロ♂
                      『マガモ♂』こんなのや
                      マガモ♂
『ミコアイサ♂』こんなのも
ミコアイサ♂
                  『カルガモの多分♂』おまえもか||
                  カルガモ   
『カルガモの多分夫婦』あらまぁ~~若い鴨たちは良いですね~。/ なんてね!
二羽のカルガモ

  今日は『少女/村下孝蔵/photo.by夏帆』こんな曲はいかがでしょう。
 

category: 野鳥の記

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冬の入日  

 妹が目の見まく欲しけく夕闇の
        木の葉隠れる月待つごとし
(万葉集・作者不詳)
歌意は、
『あの娘に逢いたいと思う気持ちは、
  夕闇の迫る木陰から、なかなか出て来ない月を待つのと同じです』

               と言ったところでしょうか。(*^▽^*)


 昨夜は、上弦の月を撮影するのを楽しみにしていたのですが、生憎の雨で叶いませんでした。
 その代わりと言う訳ではありませんが、2月24日に撮影した入日を観ていただこうと思います。


 小出スキー場の山頂に、夕日が入ろうとしています。
落日
入日

 今日は『かげふみ/村下孝蔵/photo by堀北真希』この曲をあなたへ
 

category: 風 景

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もう一つの信濃川~5「川の流れのように」  

 「越の山風」の取材で朝日山に登ったとき、小千谷の市街や朝日山の西尾根、それに榎峠を見下ろしながら、暫らく当時の戦争の様子を夢想していました。
 眼下の信濃川は、春景色の中を長岡の野に出て川幅を広げ、ゆったりと蛇行しながら流れています。船岡山を探しながら目を南に移すと、電波塔や送電鉄塔が立ち並んだ山本山が目に入りました。


『山本山』この時この山の山腹に、信濃川上流から発電用の水を引いた池が在る事を思い出した。
山本山

『山本第二調整池の銘板』一抱えどころでは無い大きな岩に、銘板が嵌め込まれていた。
銘板碑

『奔流溢れる』
奔流 (1)

『逆巻く流れ』
流れ

『流れ流れて』
流れる

『やがて漂う』
漂う

『逆光に煌めく』
逆光

 導水された信濃川の水は、日の当たる外気の中に走り出て、白く逆巻き池の面を流れていました。そう、まるでもう一つの信濃川のように。

 やがて山の端に日が暮れかかり、この「もう一つの信濃川」も終わりを迎えました。お付き合いいただいて、ありがとうございました。

     今日は『かざぐるま / 村下孝蔵』この曲をあなたへ
  

category: 風 景

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今宵の月(2月25日)  

 今日は曇り空だったのですが、真夜中になって月が雲から出てくれました。弓張月だったのですが23時を過ぎては、弓の形から程遠くなってしまいました。因みに本日は、旧暦1月7日、七草でしたね。

「月出(10:44)正中(17:44)月没26日(0:47)」

『23:16』840㎜で撮影。やはり小さいですね。
2月25日の月

『23:17』ズーミング!
2月25日の月2

『23:18』ズーム一杯、840×4での撮影。月の傾き加減で何とか納まった。
2月25日の月3

 弓張月とは言えない時間ですが、撮影できたから良しとしましょう。

   今宵は『月虹(げっこう)/別府葉子』この曲をあなたへ
 

category: お月さま

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もう一つの信濃川~4「水の道」  

 日本一長い大河と言えば、信濃次郎こと信濃川です。因みに太郎と言えば、坂東太郎の利根川です。こちらは、流域面積で日本一でしたね。三番目と言えば、筑紫三郎こと筑後川。四国三郎は吉野川。このままだと、終わらなくなりそうですね。
 信濃川水系には、豊富な水量を利用して、無数のダムが造られ水力発電に利用されています。
 新潟県十日町市で信濃川本流をせき止めた宮中ダムから、延々と小千谷市の信濃川発電所に水を送る導水路があります。
 不正取水が行われたり、生態系への環境問題も取りざたされていますが、それらは「もう一つの信濃川」のテーマではありません。
 人の目に触れない山奥の、それも地中深くに穴を穿ち、水路橋を造って水を運ぶ。その技術力も然る事ながら、日本人って、無類の働き者なのですね。その仕事の跡を、少しだけ覗かせてもらいました。

画像

『信濃川発電所全体図』
   運用開始 千手発電所(1939)小千谷発電所 (1951)新小千谷発電所(1990)
JR信濃川発電所全体図

『宮中ダム』十日町市(旧中魚沼郡中里村)昭和13年(1938)に18年の歳月を掛けて完成。
宮中ダム 十日町市(旧中魚沼郡中里村)
↓                     『浅河原貯水池』↓
                      浅河原貯水池
↓『源藤山沢水路橋』                  ↓
源藤山沢水路橋
↓                     『千手発電所』↓(1.2期工事) 
                      JR千手発電所
↓『真人沢水路橋』                    ↓
真人沢水路橋2
↓                     『真人沢水路橋』↓
                      真人沢水路橋↓『第二山本調整池』                 ↓                              
第二山本調整池 
↓                     『山本調整池』↓
                      山本調整池

↓『新小千谷発電所』(5期工事)  『小千谷発電所』↓(3.4期工事)
小千谷・新小千谷発電所

『小千谷・新小千谷発電所』現在は、こんな雪景色です。
小千谷・新小千谷発電所 冬50

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の際は、十日町市の提案と国土交通省の指示により、3月14日より試験放流を暫定的に中断、河川維持流量を毎秒7トンに低減させた。それにより信濃川発電所の取水量を増し発電量を増やし、JR東日本川崎火力発電所もフル稼働させて東京電力へ電力の融通を行った。「ウィキによる」
                        (こんな事もあったのですね。まだ続くかな?)

 今日は、この曲を『夢の途中/来生たかお 』あなたへ。
 

category: 風 景

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今夜のお月さま  

 今日は2月24日、旧暦だと1月6日になります。夜空に雲は多いのですが、ちょうど月のまわりには、雲がありませんでした。今夜の月は、月齢5.1、夕月です。明日は、弓張り月、明後日は、上弦の月になります。お天気が良いといいのですが。
『840㎜での撮影(20:23)小さくしか写りません。
お月さま
『4倍のデジタルズーム使用(20:23)まだ余裕がかなりあります。
今夜の月
 ズーム一杯3360㎜だと画面に納まらなくなります。
          それは良いけど、きれいな月に撮れなかったな。

category: お月さま

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もう一つの信濃川~3「冬の山本調整池」  

 今朝は小雨でしたが、いつの間にか雨は止んでいます。曇ってはいますが、あまり寒くはありません。

 ようやく「もう一つの信濃川」に、戻って来ました。今回は、雪の中の山本調整池とその周辺です。
 写真を撮っているうちに、信濃川を流れる水よりも地下水路で運ばれて来る水の方が、本来の信濃川の流れのような気がしてきました。


『信濃川と魚野川、それに二つの山本調整池や発電所周辺の位置関係』
信濃川と魚野川

『冬の山本調整池』まだ雪が多くありました。
山本調整池冬
『画面右奥から導水管で発電所に水を送る』
山本調整池2
『千手発電所を経て地下を流れて来た信濃川の水』
山本調整池3
『ここから導水管に水を導くのだろうか?』
山本調整池4
『もう一つの信濃川の水が満々と湛えられている』
山本調5

『行き止まり』第二山本調整池へ向かってみたが、途中までしか除雪をしていなかった。
行き止まり

『送電線』信濃川の水が、電気に形を変えて運ばれていく。
送電線

『電波塔や携帯電話のアンテナ』山本山には色んな鉄塔が建っている。
電波塔
                                  (まだ続きます。)

 この曲を『冬物語     村下孝蔵』あなたへ
 

category: 風 景

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今日は良い天気~3「破間川と雪山の風景」  

 昨日、一昨日の晴天から今日は、一転して雨が降っています。気温は高めで、6から7℃くらいには上がりそうです。晴れると気温が上がり雪を瞬く間に溶かしますが、こんな雨も雪を緩ませ溶かしてくれます。

  さて、「今日は良い天気」に戻ります。
 破間川(あぶるまがわ)沿いにさかのぼり、六十里越峠を越えて会津若松市へ通ずる国道252号は、冬期間、魚沼市大白川と福島県只見町との間が全面通行止めになります。この峠道は、雪割酷道と揶揄されたりしますが、春のゴールデンウィーク前後に雪を割って開通させます。
 昔はこのルートを、会津街道が通じていました。峠越えは、一里が十里に匹敵する難路であったことから六十里越えと呼ばれてきました。現在でも冬期間は通れない道を、昔の人たちは雪が消えると道普請をして、峠道を守り続けて来たのです。
 (青い色の文字は、関連記事にリンクしています)

『破間川と流域の山々』手前の山は下権現堂山、左奥に守門岳の大岳が見える。
破間川と流域の山

『破間川と権現堂山権現堂山は、破間川流域の関門の位置にある。
権現堂山と破間川  

『下権現堂山と塵処理施設』さぞや権現さん煙たかろサノヨイヨイ♪
下権現堂山

古城跡の山現在この山には、関越高速道路のトンネルが通っている。
古城跡の山

『魚野川に注ぐ破間川の流れ』行く川の流れは、絶えずして、ですかね。
魚野川に注ぐ破間川

『こんな所に居たカルガモたち』岩かと見紛うカモ。鴨長明は上でした。
こんな所に

藤権現山標高233.5mのこの山に、元旦登山を25年、50年続けた人もいる。
藤権現山

 旧会津街道は、集落から集落を繋ぐ道として、現在でも現役で残っているところもあります。六十里越峠の道は、現在の国道252号とルートが違っていますが並行している部分もあって、藪を踏み分けて行くと会津街道の跡が藪に埋もれながら残っています。
 JR只見線も国道と付かず離れずして走っています。冬期間は雪のために新潟県側は、大白川駅でストップすることが度々です。
 連載3回「今日は良い天気」は、これにて終了です。(*´ω`*)ノ

category: 風 景

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今日は良い天気~2「三山の雪」  

 「今日も良い天気」の続きです。続きを書いている現在、雲一つない青空が広がりました。雨か雪の予報だったから嬉しい誤算です。
 今回は「三山の雪」と題して、魚沼三山の頂を観ていただこうと思います。2月も下旬になりましたが、雪山は厳冬期そのものです。この雪は、里で田植えが始まっても厚く残っています。


『八海山』
八海山
『山頂の風景』
八海山山頂

『中ノ岳』
中ノ岳
『山頂の風景』
中ノ岳山頂

『魚沼駒ヶ岳』
魚沼駒ヶ岳
『山頂の風景』
駒ヶ岳山頂

 山の雪は、以前山頂をアップした時より厚みを増しているように思います。ゴツゴツとした雪氷の塊を埋めて、雪は降り積もったようです。

『 Over the rainbow/長谷川きよし 』
 

category: 風 景

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今日は良い天気  

 今日は、文句の付けようが無いほどきれいに晴れました。ガラス窓から入る陽が暖かくて、つい鼻ぽこ提灯を膨らませそうになりましたが、眠気をはらって撮影に出かけて来ました。
 今日は山本山や信濃川はお休みして、撮りたてほやほやの魚野川と魚沼三山の風景を観ていただきたいと思います。


『魚野川と魚沼三山』何処かに、二人連れが写っているはずです。探してみましょう。
魚沼三山と魚野川

『二人連れ』上の写真に写っていた人たちです。魚(カジカかな)を獲っているようですね。
魚獲り

 今日は魚獲りをしている人たちがいたせいで、水鳥たちは何処かに避難したようです。まったく好きとなれば、冬の川も冷たくないようですね。
 他の写真は、次回お見せ出来る様にしたいと思います。

category: 風 景

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もう一つの信濃川~2「山本山の調整池」  

 朝、牡丹雪が降っていました。湿った雪ですが、平たく大きいのでフワフワと落ちて来ます。真冬には降らない、春の兆しの雪なのです。
牡丹雪

 さて、もう一つの信濃川「山本山の調整池」に戻りましょう。ここに来て撮影したのは、昨年の5月6日のことです。同じ日に、朝日山に登りましたがその帰りに立ち寄りました。
 信濃川の不正取水が発覚したのは、平成20年のことでした。それはJR東日本が信濃川発電所用水を、10年間に渡って違法な取水を行い、北陸地方整備局へ虚偽報告をしていた事件です。朝日山から山本山を見ていて、その事を思い出したのと、中越大震災で受けた被害の修復が成った姿を見たくなったのです。


『山本調整池』この池の水を導水管で落として、小千谷発電所の発電機を回しています。
山本調整池

『慰霊碑』昭和44年11月、4期工事が完成。それまでに殉職した方々の慰霊の碑です。
慰霊碑

『碑文』工事に携わられて、殉職された方は150人を超えています。
碑文

『慰霊碑の傍に咲いていた蓮華躑躅』
蓮華躑躅

 ここから第二山本調整池に行くことといたします。それまでの間に、撮影した風景をお楽しみください。

『田園を挟んで船岡山』
船岡山

『船岡山の右方に見える信濃川と小千谷の街』
小千谷の街

『光る田園の風景』
田園の風景

『山本山からの魚沼三山』
山本山から魚沼三山

『第二山本調整池』信濃川上流から導水されて、新小千谷発電所の発電機を回します。
山本第二調整池

 山本調整池に導水される水は、宮中ダム「信濃川上流、十日町市(旧中魚沼郡中里村)」から浅河原貯水池→千手発電所を経て、トンネルや水路橋を渡って運ばれてきます。
 山本第二調整池には、宮中ダムから直接導水されてきます。 続きます。


「最後まで見て頂いて、ありがとうございます。
 今日の曲、ラ・ボエーム(青春)をお聴きください。」  
『ラ・ボエーム/ パトリック・ヌジェ&長谷川きよし』 
 

category: 風 景

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もう一つの信濃川~1「小千谷・新小地谷発電所」  

 昨日(17日)、長岡市へ所用で行った帰り小千谷付近で、昨年5月に妙見や小千谷の船岡山に撮影に来たことや、小千谷・新小千谷発電所の山本調整池の撮影をしたことを思い出しました。それで回り道をして、発電所の冬景色の撮影をしてきました。

『小千谷・新小千谷の発電所』右が小千谷発電所・左が新小千谷発電所です。
小千谷・新小千谷発電所全景

『小千谷発電所と放水路』発電所の上の山は山本山です。山本調整池があります。
小千谷発電所冬

『新小千谷発電所と放水路』山本山には、山本第二調整池も造られました。
新小千谷発電所冬

『山本調整池から見た発電所と国道117号の赤い橋』
                               (これより、昨年5月6日撮影)
 国道117号線は、長野県長野市から新潟県小千谷市に至る一般国道で、大部分を千曲川、信濃川、JR飯山線と並行しています。
上から見た小千谷新小千谷発電所

『小千谷発電所と放水路』昭和26年(1951)に運用を開始した、5台の水車発電機を有した出力12.3万キロワットの発電所です。
 千手発電所で発電に使われた信濃川の水は、地下水路を潜り水路橋を渡って運ばれ、山本調整池を経て此処で発電され信濃川に放流されます。
 
小千谷発電所

『新小千谷発電所と放水路』平成2年(1990)に運用を開始した出力20.6万キロワットの水力発電所です。第二山本調整池を経て此処に導かれ、2台の水車発電機を回しています。
新小千谷発電所

『北越戊辰の古戦場パークから妙見堰』平成2年(1990)に完成した可動堰の妙見堰には、JR東日本の信濃川発電所(千手・小千谷・新小千谷の3発電所の総称)から放流された水を調整して、下流の流量を一定化させる逆調整などの治水目的があります。その他にも灌漑用水の供給を安定させたり、長岡市への上水道供給にも資しています。堰下流側には、道路橋梁の越の大橋(現国道17号)を併設しています。
妙見堰を臨む

 水は高きより低きに流れるものであるのに、低きより始めてしまいました。
 そもそも、昨年の5月にエントリする積りで写真など資料を用意していたのに、パソコンが壊れるものだから「越の山風」もこれも、冬仕事になって終いました。

                                    続くかな?

『雪が降る/パトリック・ヌジェ&長谷川きよし』
  

category: 風 景

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雲が流れる魚沼三山  

 山の頂上付近を、盛んに雲が流れています。この雲は、日本海を押し渡って来た雪雲では無く、この山域が生む雲です。空は高曇り、山頂付近の風は烈風のようです。

『魚沼三山雲流』
魚沼三山

『八海山頂雲を呼ぶ』
八海山

『雲の流れる中ノ岳』
中ノ岳

『雲を生む駒ヶ岳』
駒ヶ岳

 魚沼三山は、小出近辺からだと西面していて、写真に撮りにくい山です。空気の澄んだ朝は、シルエットにしか撮れないし、陽が当たる頃には、靄のフェルターがかかってしまいます。

 『愛の讃歌/長谷川きよし』
 
 愛の讃歌は、フランスの国民的歌手、エディット・ピアフが自ら作詞を手がけ、シャン
ソンを代表する­曲として世界中で親しまれています。
 シャンソン・コンクールをきっかけにデビューした長谷川きよしさんは、原詞に忠実な
訳詞で­数々のシャンソンを歌っています。

category: 風 景

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魚野川で  

 雪片付けをしなくても良い朝は、気分が良いです。それはそれで手持無沙汰なので、朝の散歩に出かけて来ました。ところどころ雲に穴が開いて、青空が覗いています。
今日の空

 魚野川の川岸の道は、ところどころ凍結していましたが、足をとられるほどではありません。川はまだ影になっていて、流れは黒っぽく見えました。そんな川面で水鳥たちは、活発に動き始めていました。
雪の川
雪の川と鴨

 これより先の写真は、以前に撮影したものです。写っている水鳥は、マガモの雄と雌です。
 カルガモは、雌雄の見た目が同じなんで見分けがつきませんが、マガモは、別種かと思うほど見た目が違います。ええ、雄の方が派手な色合いなんですが。

マガモ
マガモ♀
マガモの♂と♀
マガモの♂♀
マガモ隊列
 どういう訳かこの写真を撮った時には、他の水鳥の姿がありませんでした。河原の石と見分けがつかないほど、いつも丸くなって寝ているカルガモさえ見えませんでした。
 今日もたくさん居ましたから、この時は移動していたのでしょう。


 今日の曲『黒の舟唄/長谷川きよし』古い歌です。 
 

category: 野鳥の記

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雀がハシャグ束の間の晴れ間  

 朝積もっていた雪は30cm弱でしたが、水気の多い重たい雪で片付けるのに閉口しました。昨日頂いたチョコレートは、閉口するほどでも無かったような。
 それはともかく、今のところ雪は降っていません。空の真ん中が抜けて、暖かな日の光が射しています。周りに厚い雲が取り巻いているせいか、時々強い風が吹いています。夕方には、また雪かな。


『雀が二羽』
雀2羽

『雀が三羽』
雀3羽

『まだ三羽』どこか違いますか?
雀が3羽

『雀が八羽』
雀8羽

『まだ八羽』
まだ8羽

『まだまだ八羽』どこか違いますか?
まだまだ8羽

『雀がいっぱい』強い風に吹き散らされるように、この後どこかへ行きました。
雀がいっぱい

 今日の曲『別れのサンバ/長谷川きよし』いい味だしてるな~!

category: 野鳥の記

キンクロハジロ♀は食事中  

 今日は、午前中陽も射したのですが、午後になって雪になりました。しかも結構な降り方で、夕方も雪片付けをする羽目になるんだろうな。

『雪が止んでいた間の魚野川』雪を穿つ川の流れ。飛ぶ鳥には道標ですね。
雪景色魚野川

『キンクロハジロの♀』雄の姿が見えなかったが、隠れて寝ているのかな。
キンクロハジロ♀

『ここの水草を食うか』カエルや小魚、甲殻類も食べます。
ここの水草を食うか

『逆立ちして食事中』潜水と言うより、逆立ちして届く範囲のものが餌になります。
採餌中

『プハ~~って感じかな』ビールを飲んだときみたいですね。
プハ~~って感じ

『お、こっちにも旨そうなご飯が』何回も逆立ちを繰り返します。
お、こっちにも旨そうなのが

『食事を終えて』満腹して岸へ帰るのかな。
キンクロハジロ雌

『岸へ着きました』雄は待っているのでしょうか。
岸へ

『カルガモが寝ています』キンクロハジロの雄の姿は見えないようです。
カルガモが寝ている

 今日の曲は『アムステルダム/別府葉子』すばらしい歌唱力ですよ。
 

category: 野鳥の記

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晴れると訪問者も多くなります  

 今日は雪が降っています。また雪か二日大雪二日晴れ 春は遠のき冬は居座る
今日は雪

 晴れた日は、樹木の雪が青空に映えます。(以下2月11日の朝)
雪と青空

 この辺では、珍しい訪問者が現れました。
山雀

 山雀(ヤマガラ)です。(恥ずかしいのか顔を上げてくれません)
ヤマガラ

 晴れた朝 雀も朝日 拝むやら(お尻を向けたのも居るな)
晴れた日の朝

 子雀が 朝日を浴びて 寛いで(羽毛のお手入れは大事ですからね) 
朝日を浴びて

 気持ち良さそうです。(嘴の黄色い子雀が凛としています)
朝日に照らされて

 鶺鴒が 餌を啄ばみ 雀駆け。(そんなに急いで何処へ行く)
セグロとスズメ

 ん、何か気配が・・・(人懐っこい背黒鶺鴒です)
セグロセキレイ

 今朝の雀たち(雪が降る今日、2月13日の金曜日に戻りました。)
今朝の雀たち

 今日の曲は『少年時代/井上陽水』なつかしいですね。
 

category: 野鳥の記

真鴨は美味しい鴨ですが  

 マガモは、昔から人の手で家禽として飼い慣らされてきました。アヒルの先祖は、飼いならされたマガモです。そのアヒルとマガモのかけ合わせがアイガモです。
 お酒にぴったりの鴨鍋レシピは、ここをクリックしてください。

 
 美味しそうだ!なんて思われているのも知らぬげに、魚野川で越冬中の真鴨たちです。お天気の良い日は、楽しそうですね。 

『みんなで』
みんなで

『遊んだり』
遊んだり

『追ったり』
追ったり

『追われたり』
追われたり

『くっついたり』
くっ付いたり

 微笑ましい光景ですが、みなさんも覚えがあるでしょう。(;^ω^)ノ

category: 野鳥の記

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建国記念の日  

 雪山ではありません。庭に積もった雪の山の向こうから朝日が昇ってきました。昇る朝日に、柏手を打って拝礼すると気持ちの良いものです。
朝日

 今日は、建国記念の日です。国旗を掲げて、敬意の気持ちを表します。
国旗

 朝の光の中で、豪雪の光景となった街が目覚めます。
雪が止んだ朝

category: 指定なし

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とりあえずビール!じゃなかった晴れた!!  

 たった二日降ったばかりで、雪の暈は倍増したように感じる。実際はそれ程でも無くて、1メートルちょっと降っただけです。いやはや、それでも降り込められたという気がしました。
 今朝は、とりあえず晴れました。青空が広がった分けでは無いので、とりあえずです。まだ降るかも知れません。


『晴れた』お日さまの光が
晴れた

『晴れたぞ』何だかとっても
晴れたぞ

『晴れました』懐かしく思えます。
晴れました

『背黒鶺鴒がキター』今年初めての訪問です。
背黒鶺鴒がキター

『晴れて、小鳥も大喜び』撒いて上げたトウモロコシの餌が嬉しいのかな。
鶺鴒も雀も大喜び

『雪の中の雀たち』昨日の様子です。
雪と雀たち

『雀大親分』一際大きい雀です。
雀親分

 そんな分けで、今日は雪は降っていません。気温も上がり始めました。

『ケ・サラ "Che Sarà"/ 別府葉子 』 今日はこの曲で!
 

category: 野鳥の記

昨日からの雪  

 凄い雪の降り方です!
 魚沼市もすごいのですが、新潟日報モアによると、新潟県全域がすっぽりと雪に埋まりそうな勢いです。
 わが家がすっぽりと雪に埋もれないように、屋根融雪ボイラーは焚きっぱなし、消雪パイプの地下水を汲むポンプは回しっぱなしです。灯油代と電気料金が心配ですが、そんなことは言っていられません。
 私も雪かきに出ずっぱり。(ほどでも無いが)(;^ω^)ノ


『量を増した庭の雪』
大雪

『雪は積もると乗り出すから』
大雪2

『凍みないうちに掻き落とす』
大雪3

『屋根の雪下ろし』
大雪4

『車寄せの屋根に残る雪』
大雪5

『樹木に積もる雪』
大雪6

『消雪パイプを埋めそうに降る雪』
大雪7

『雀の雪宿り』
雀の雪宿り
 
 空は少し明るくなって来たようですが、軽い雪が縦に横に重なりあって降ってきます。降る雪を見ていると、縦横に駆け巡る雪片を目が追って、クラクラと目が回るかも知れませんよ。(◎_◎;)

  『雪に飽きたら聴いてみませんか』
 

category: 降雪の記

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雪と雀  

『雪と雀』
 明るくなっても雪は降り止まず、かえって雪の密度を増して降っています。雪がいっぱい降り始めると、今年一番の雪ではないかと思ってしまいますが、それは何時ものことです。
(*´ω`*)
 こんなに雪が降っても雪国の雀は、巧いこと自分たちの居場所を確保しています。夜は、繁った杉の葉に包れるようにして眠り、明るくなると餌を探し、雪の積もった枝を屋根代わりにして集ったりしています。
 
雪と雀
雪と雀2
雪と雀3
雪と雀4
雪と雀5
 魚沼からでも直線なら、40kmくらいで雪のあまり降らない日本海沿岸の里に行かれます。三国の山を越えれば、関東平野はすぐそこです。
 雪の中の労苦を思えば、移動の苦など雀の翼でも軽いと思うのですが、律儀に雪の中で暮らしています。雪国魚沼の雀は、逞しいものです。

category: 野鳥の記

今朝の雪AM5:44  

『今朝の雪AM5:44撮影
 昨夜から冷え込んでいると思ったら、パウダーとまではいきませんが乾いた雪が積もっていました。積雪は30㎝くらいで除雪は楽でしたが、雪は変わらず降り続いています。

今朝の雪
今朝の雪2
今朝の雪3
 こんな程度で、冬本番が終わってくれればな~~。
 灯油は、冬前リッター110円オーバーだったのが現在は84円まで下がり、屋根融雪用ボイラーの燃料代が大分助かりました。もっとも雪が降らなきゃ0円ですが。

category: 降雪の記

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可愛い川秋沙(カワアイサ)の♀  

 白い雪を穿ちながら流れる川に、可愛い川秋沙たちが暮らしています。
魚野川と交わる佐梨川

 百メートルは離れているが、此方を認識している川秋沙(カワアイサ)です。
カワアイサ♀
                カワアイサ♀正面

 超望遠レンズで引き寄せて見る。川秋沙の表情は意外と可愛いですよ。
カワアイサ♀可愛い顔 
カワアイサ♀右向き
カワアイサ♀左向き

 今回は、♂は出しません。というか岸辺で寝てばっかりいましたから。

 
        
 今日の曲は「ばら色の人生/別府葉子」ばら色の人生って良いでしょうね。(*^▽^*)
 

category: 野鳥の記

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越の山風「小千谷船岡山」~3  

『魚沼三山と魚野川』今日の魚沼の空は、遠霞みの春のような穏やかさです。
魚野川と三山

 越の山風「船岡山」も今回で3編になるのに、登ったままで下山出来ないでいます。いつまでも居続けると、いくら過去の事でも遭難しかねません。本日は、ちゃっちゃと片付けて仕舞いましょうか。

『北越戊申戦役西軍墓地』慶応4年(1868)閏4月から8月にかけて、小千谷、長岡付近の戦いで、犠牲になった西軍兵士の墓地。
 明治維新にあたって、小千谷の人々は新しい時代の幕開けを願い、進んで明治新政府に協力した。そのため、小千谷には新政府軍の本営が置かれ、各所に宿陣の兵士が集まった。
 戦いは越後の各地で展開し、そのたびに戦死者の遺体が送られてきた。はじめ各寺院などで手厚く葬られたが、井口喜代助らが奔走して、ここ船岡山に改葬し祭祀することとなった。
 戦死者のなかには、長州藩参謀時山直八などの有為な士もおり、また、軍夫の墓や、すすんで新政府軍に加わった井口徳四郎(南魚沼郡大和町出身)の墓もある。
 小千谷の景勝地である船岡山の一角、風光明媚なこの地に改葬されたのは、明治41年5月のことである。
 平成14年7月  小千谷市  (西軍戦死者墓地 説明板に書いてある通りに書き写しました)
北越戦役西軍墓地

『北越戊申戦役殉難者墓碑』この名簿の順に埋葬されています。
戊申戦役官軍殉難者墓碑

『戊申戦役薩藩殉難碑』
薩摩藩

『時山君之碑』朝日山の戦いで戦死した長州藩奇兵隊参謀時山直八の追悼碑です。
             篆額は三条実美。撰文は山県有朋です。
 時山直八は、天保九年(1838)元旦に、長州藩士の家に生まれています。松下村塾で吉田松陰に学び、嘉永六年には江戸に出て、藤森弘庵、安井息軒に師事しています。この頃から久坂玄瑞らと国事に奔走するようになり、文久二年(1862)には諸藩周旋掛になっています。
 文久三年(1863)の下関戦争、元治元年(1864)の禁門の変にも従軍し、慶応二年(1866)の幕長戦争では、小倉口で戦っています。戊辰戦争では奇兵隊参謀として北越に出征し、朝日山の争奪戦で戦死しています。まだ三十一歳の若さでありました。
時山直八

『官軍松代藩士之墓碑』
官軍松代藩士の墓碑
                       『十津川郷士藤井織之助之墓碑』   
                       十津川郷士藤井織之助墓碑

『墓地には大きな自然石を加工した灯籠』
灯籠

『石垣の続く道』ようやく山を下れます。
石垣の続く道

『石垣と苦菜』
石垣と苦菜

『獅子の石像』
獅子

『獅子像と灯籠』
獅子と灯籠

『黄色の苦菜』
苦菜

『灯籠に發明の文字』
灯籠(発明)

『山躑躅の花』
山躑躅

『灯籠に破間の文字』
灯籠(破間)

『新緑の森』
新緑の森

『シャガの花』
花
 
 西軍戦死者のなかで、唯一時山直八だけが浦柄神社の東軍墓地でも東軍戦死者と共に祀られています。それは、時山直八の戦死の状況が異様だったからです。亡骸は、船岡山の墓地に改葬されています。

 随分端折って、やっと山を下れました。
              越の山風「小千谷船岡山」は終了です。


『ずらりと電線に並んだ雀』日が長くなって、魚沼の雀も活動的になりました。
ずらりと並んだ雀さん

category: 歴史よもやま話

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越の山風「小千谷船岡山」~2  

『船岡公園の桜』ここに来ると桜の木が多く、桜の名所と言うのも肯けますね。
桜の植え込み

『新開桜の碑』桜の季節には、全山は大げさですが見事な桜を楽しめます。
新開桜

『田中志津先生生誕の碑』71年から91年にかけて、自身や母親を主人公のモデルにした
「信濃川」「遠い海鳴りの町」「冬吠え」の3部作や「佐渡金山を彩った人々」他作品多数。
 終の棲家に選んだ福島県いわき市で、東日本大震災に遭遇しています。
田中志津先生生誕の碑碑

『鷲尾雨工先生文学碑』明治25年、西蒲原郡黒島村(現新潟市黒崎)で生まれる。3歳で父
親と死別し、母親の実家(現小千谷市山谷)へ移る。県立小千谷中学校から早稲田大学へと進学し同郷の
後輩、西脇順三郎や同窓の直木三十五たちと親交を結んだ。
 大学卒業後、直木たちと出版業(冬夏社)を営んだが関東大震災の影響で倒産して、昭和10年に小説家に転身しています。翌11年に執筆した「吉野朝太平記」で第2回の直木賞を受賞しています。その後
は、主に歴史小説を執筆していましたが昭和26年に、58歳の若さで亡くなられています。
鷲尾先生文学碑

『公園の広場』周りには、桜の木がいっぱいあります。
広場

『野外舞台』何かな~と思って近づいて見たら立派な舞台でした。イベント用なんでしょうね。
野外舞台

『彰忠碑』日清、日露戦役での戦死者の御霊が祀られています。
彰忠碑

『佐藤惺庵翁顕彰碑』惺庵、佐藤半左衛門は、文化十三年(1816)9月8日醤油醸造業
佐藤家に生まれる。
 初め、同郷の野澤岐山に就き、江戸に出て朝川善庵に儒学、梁川星厳に監視を学んだ。特に陽明学に深
く傾倒した。たまたま小千谷に来た九州大導寺の僧、恒庵から禅の心機を受け、ますます王陽明の知行合
一の理を深めたという。
 慶応4年(1868)4月(明治元年は9月8日)新政府軍が進駐、小千谷は長岡、会津攻撃の前線とな
る。全町焼尽の危急に際し、庄屋佐藤惺庵は時世を洞察、勤王の大義を説き、関矢孫左衛門らと大いに奔
走、この惨禍を回避した。
 また、明治3年魚沼地方に小千谷県を新設する運動を強力に指導する。
                     明治28年(1895)11月8日没、80才
 なお、「勤皇日誌」「国家危安録」の手稿がある。(平成4年3月小千谷市教育委員会)
佐藤惺庵翁顕彰碑

 上記、小千谷市教育委員会の説明書きに出て来る「関矢孫左衛門」は、柏崎から現魚沼市並柳の関矢家に養子に入った方です。北越戦役では、魚沼の若者を率いて西軍に参加し戦っています。
 戦後は、長岡で六十九国立銀行(現北越銀行)の設立に参加、初代頭取に就任しています。晩年は、北海道江別の開拓事業に力を注いだ人です。

         今日は雪になりました。続きます。

category: 歴史よもやま話

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越の山風「小千谷船岡山」  

 魚沼は今日も良いお天気で、暖かな陽光がふりそそいでいます。快晴
と言うほどではありませんが、今のところ厚い雲は見当たりません。こ
のまま春になれば良いと思うのですが、そうもいかない様で、夕方から
崩れて来るようです。


『魚野川・残照』昨日の夕方5時ごろに撮影しました。雪原を穿つように流れる魚野川と、魚沼
 三山を始めとする越後山脈の雪壁の風景です。ついこの間まで4時を過ぎれば暗くなっていたのに、
 随分と日が長くなったものです。
魚野川残照

「越の山風」のシリーズは、朝日山を最後に終わっても良かったのです
が、小千谷を本拠地にした西軍にも触れてみたくなりました。がその前
に、以前学校物語の中で紹介した元長岡藩士の本富栗林「戊辰戦争談」
を転載してみます。戦に敗れた長岡藩の苦境が良く分ると思います。


「この歳五月戦の始まるや、白刃を提げて弾雨の下に立ち、固より親子
相顧みるの暇なく、いわんや兄弟妻子をや、各々唯死力を尽くして戦う
あるのみ。故に弾丸黒子の小城を似て、西南雄藩の大兵に抗し、一日敵
手の委したる城塞は再び之を回復し、その破るるに及んでは、遠く去っ
て会津に合し、会津また破るるや去って米沢に入る。米沢既に降る、す
なわち去って仙台に至れば、仙台もまた既に降伏せり。敗残の兵を以て
百里に流難す。或いは老幼病弱を扶助し、肌寒を冒し、困苦を忍ぶの
状、今日到底想像の及ばざるものあり。殊に婦女子の身を以て、難を未
知の山中に避け、幾度か死生の間に出入りして、僅かにその夫の残骸を
求め得たるが如き惨事は一にして止まらず。之を会津藩が君臣・親子一
城内に籠り、流転曝露の苦もなく、唯座ながらにして暫時囲を受けたる
に比すれば、我が藩士が君臣・父子・夫婦・兄弟皆相失し、半歳の間山
野に曝露し、百里に流寓したるの苦は、固より同日の論にあらず。今日
之を想うも、実に慄然たらしむるものあり。」
                   (本富栗林「戊辰戦争談」)


 2014年5月28日、ようやく小千谷市の船岡山の麓までやって来
ました。船岡山は、小千谷市の中心部に位置しています。桜の名所船岡
公園や北越戊辰戦争で戦死した西軍の墓地があります。


『船岡公園入口』立派な門構えの入り口になっています。この入り口からの道とは別に、
 山中を逍遥するのに適した静かな道もあります。ここを上って、そちらに下ることに致します。
船岡公園正門

『公園入り口付近に咲いていた花』桜は、とっくに葉桜になっているでしょう。
花壇

『公園入口に来る途中、民家の庭で咲いていたサツキ』
サツキ

『数学者佐藤雪山顕彰碑』公園の入り口からすぐの所に建っていました。関流算学
初代関孝和からの正統八伝(九世)の系譜を継いだ人です。小千谷で数学道場を開き、越後及び江戸、
下野、長州から門人が参集して来ました。門人の中には科学者広川晴軒もいました。著書は「算法円理
三台他多数」安政6年(1859)6月1日没四十六歳とありました。
顕彰碑

『二十三夜塔』月待信仰の名残の塔は、全国に残っていますね。江戸時代の庶民文化の一つです。
二十三夜塔

『船岡山からの小千谷市街の風景』山の中腹まで住宅街になっています。
小千谷市街
小千谷の市外

『船岡山からの信濃川と山本山』地下の信濃川は、山本山調整池で日の下に出て来ます。
信濃川と山本山

『残雪の魚沼三山』魚沼地方の要に位置する小千谷からも良く見えます。
魚沼三山方面

 西軍のことに触れたいとか言って、まだ全然そこまで行けません。

category: 歴史よもやま話

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今宵満月十六夜の月  

 今夜は満月だけど、どうせお月さまは、姿を見せてくれないだろうと思っていました。それが何と、東の空に煌々と浮かんでいるではありませんか。大慌てでカメラを持ち出して、何枚も撮影しました。
 しか~し、冬の間ほとんどお月さまを撮っていなかったからか、何枚撮っても失敗ばかりです。30回もシャッターを押して、何とか見られるのが2枚だけでした。


『19:45』
2月4日の月

『20:04』
2月4日の丸い月

 なんだか少し歪んでいるような気が、気のせいかな~。(^◇^)ノ

category: お月さま

ようやく晴れた  

 立春の日に、ようやく晴れました。お日さまの暖かい光は、何物にも代えがたいありがたいものですな。雪雲の陰鬱な空の下で暮らしていると、心の底からそう思います。
 先ほど歯医者さんから帰ってテレビを付けたら、ちょうど国会中継をやっていました。何気なく野党議員の質問を聴いているうちに、言い様も無いほど不快になりました。詳細は書きませんが、ただ安倍総理を叩きたいだけのようです。



『雀が一羽』俺たちは、生きるのが仕事だが人間も大変だな。と言われた気分です。
雀が1羽

『雀が二羽』明日を憂いるより今日のごはん。
雀が2羽

『雀が七羽』腹が満ちてこそ今日を楽しめる。と屈託無さそうな雀たちです。
雀が7羽

 俺たちは、そんなことを言っていない。と雀に叱られるかな。(;^ω^)

 今日の曲は『初恋/村下孝蔵』いつ聴いても良い歌です。
 

category: 野鳥の記

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