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2015年11月の記事一覧

権現堂連山冠雪  

 昨日(11・29)まで天気は荒れ模様で、ついに権現堂に1回目の雪が降りました。この山に3回雪が降ると4回目には里にも雪が降る。と昔から言い伝えられています。今日は思いがけずに青空が広がって、穏やかな初冬の風景を楽しめました。

『権現堂連山冠雪』左から下権現堂(887)、上権現堂(998)、唐松山(1079)の順に、山頂が並んでい
            ます。標高が高くなるに連れて、雪が白さを増しています。

権現堂連山冠雪

『下権現堂(887)
下権現堂

『上権現堂(998)
上権現堂

『唐松山(1079)に連なる山稜』黒俣川対岸に聳える桧岳(1385.5)が鋭鋒を白く鎧っています。
唐松山に連なる山稜

 夜になると同時に、冷たい雨が降り出しました。まだシトシト雨ですが、冷え込んで来たから山は雪になったように思います。できれば権現堂には雪が降らないでほしいものです。


 

category: 降雪の記

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『また来る日まで』遠回りして~17  

『遠回りして』のシリーズも17回目を迎えて、今回でひとまず終了と致します。
 最初の2回は、文字通り長岡市街へ行くのに、遠回りして山古志を通り、道すがらの風景を、紹介したものでした。ただ既知の道中、峠道も点在する集落にも何か違和感を感じました。その違和感が何だったのかと、その後何回か山古志に取材に入りました。それを、上手く説明できないままだったのを、今は心苦しく思っています。


『震災ダム湖の枯れ木』黄葉を映した水面は微風に皺ばみ立ち枯れた杉が孤影を落とす。
震災ダムの枯れ木

『震災ダム湖の岸辺』山に降る雨を集めた沢が入り江となり木の葉を浮かべる。
震災ダムの岸辺

『枯れ木に居た川鵜』震災ダムが誕生して10年余り魚影も濃くなりしか。
カワウ

『震災ダム湖のカルガモ』カモを養う水生植物も多くなったのであろう。
震災ダム湖のカモ3

『木籠(こごも)集落が見える』復興成った木籠集落と集落を隔てる丈低い山に別れを告げる。
木籠集落が見える
                                                      撮影日10月19日

 山古志村は、平成16年10月23日に発生した中越大震災で甚大な被害を被った山奥の村でした。平成の大合併が進行中であって、震災の翌年平成17年4月1日に、長岡市へ編入合併されています。
 震災で壊滅的な被害があった錦鯉の飼育環境も復興し、泳ぐ宝石は今も健在です。
 民俗重要文化財に指定されている闘牛(牛の角突き)も、関係者の努力で復興しています。
 日本農業の原点とも言うべき棚田の景観も元に復し、懐かしくも美しい姿を見せてくれています。


 遠回りしてのシリーズを、毎回見続けて頂いた方々に感謝申し上げます。 無才

 

category: 風 景

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ウチの庭では  

 今朝は、魚沼の山沿いで雪が降っていた所があるようです。成程、天気予報を見ると6時ごろ湿雪となっていました。その後は雨の予報ですが現在(8時)は、お日様が出ています。空模様は、良くないので雨に変ると思います。雨が降らないうちに、ウチの庭の様子を撮影してみました。

『庭木の雪囲い』丈の低い樹木は、雪に潰されないよう囲ってやります。
雪囲い

『ヒマラヤユキノシタ』春に咲かせる花を、雪降り前になって咲かせています。
ヒマラヤユキノシタ

『ドウダンツツジ』紅葉が綺麗でも落葉するまで雪囲いを、待っていられません。
満天星の雪囲い

『アルストロメリア』開花期が5月から11月と長い花です。南米原産の花です。
アルストロメリア

『囲われた山茶花』もう少し大きくなるまでは、可哀想だけど雪囲いします。
山茶花

『ナナカマド』紅葉し実が赤く色付いたころが雪囲いの季節です。
ナナカマド

『藤の実』鉢植えの藤の実が固くなって、風が吹くとカチカチと音がします。
藤の実

 最初に書いた通り空模様が怪しくなってきました。(9時10分)また雨ですね。もう少し雪が降らないうちに、やっておきたい仕事がありますが晴れる日まで待ちましょう。ええ、なまけものですから。(;^ω^)ノ


 

category: 風 景

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あれ、晴れた!  

 今日も予報は、雨だったはずなのに、あらま太陽が出て来た。朝まで降っていた雨が上がってしまいました。山を隠していた靄も上がり、新たに積もった雪が見えます。

『魚沼駒ヶ岳8:55今朝まで山は、雪が降っていたようです。
魚沼駒ヶ岳

『名残の紅葉8:57楓の葉も吹き散らされて・・・
名残の黄葉

『八海山8:59大分下まで雪が下りtて来たな~~(;^ω^) 
八海山

『オクラまだ元気9:00青空が出て来た。
オクラ

『菜園の葉ダイコン10:24お日様が出ると暖かくて良いな~~(^◇^)
菜園の葉ダイコン

 良い方に外れる天気予報は、この時期大歓迎です。一日持つかどうか判りませんが晴れていて欲しいな~~(^◇^)ノ



 

category: 降雪の記

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『森の入り口』遠回りして~16  

 雨は降っていませんが今朝も鬱陶しい曇り空です。気温も低めで9時現在6℃、最高気温も10℃に達しない予報です。しかも午後からは、雨が降りそうです。そんな分けで、今回も10月19日まで時間を遡ります。

『色付き始めた森』森へと誘う踏み跡が判るでしょうか。
色付き始めた森

『急な尾根』森の入り口から立ち上がっている尾根です。
急な尾根

『紅葉を始めた樹木』ブナの森に点在する楓です。
紅葉を始めた樹木

『黄葉を始めた樹木』一際きれいに色付いたブナの木です。
黄葉を始めた樹木

『マユミ』藪の中で赤い色が目立っていました。
まゆみ

 よいお天気に誘われて、うっかり森の中へと誘われたら、踏み跡はすぐに消え失せ、森の妖精どころか蜘蛛の巣と薮蚊と衣服を絡め獲ろうとする木々の枝に悩まされるでしょう。
 薪や木炭を生産し、山菜やキノコなどの恵みを与え続けた山の森は、今は静かに、原初の姿へと帰ろうとしているようでした。



 

category: 風 景

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初冬の椋鳥  

 曇りがちで、時々シワシワと雨が降っています。氷雨の様に、冷たくありませんが鬱陶しい朝です。昨日は曇りの予報が外れて、穏やかに晴れたのですが今日は、予報通りのようです。

『田圃で朝食椋鳥さん』ペチャクチャと喋りながら時々羽音も高く飛び立ちます。
田圃の椋鳥

『桜の木に椋鳥』餌を啄ばみに、すぐにまた下りて来ます。しかし下手くそな写真です・・・
落葉した桜と椋鳥

『菊が咲いています』食用菊のカキノモトです。酢の物にしては啄んでいます。(^◇^)ノ
カキノモト

 写真を撮った頃は、そうでも無かったのですが夕方の様に暗い空模様になって来ました。

category: 野鳥の記

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『震災ダムの河道』遠回りして~15  

 前回の「希望の鐘」で遠回りしてのシリーズを、終了しょうと思っていましたが残り火を掻き集めて、もう少しだけ続けます。今回は、『小松倉集落を後にして』の続きです。

『新宇賀地橋へ下る』あの橋を渡って、長岡市役所山古志支所へ行ったのでした。
新宇賀地橋へ下る

『新宇賀地橋と紅葉黄葉の山』急カーブの道を下って来ました。
新宇賀地橋と山

『震災ダム湖と山』山の色を映した湖面は、微風に揺らめいていました。
震災ダム湖と山

『震災ダムの放水路』地滑りで出来た自然の堰堤を、掘り下げて芋川の河道にしています。
放水路

『放水路の出口』堰堤が侵食されないように、幾重にも強化された芋川の河道です。
放水路出口

 最後の写真の『放水路の出口』は、このシリーズの『遠回りして~3』にも載せています。
 写真は、いずれも10月19日の撮影です。



 

category: 風 景

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『希望の鐘』遠回りして~ 14  

 長岡市役所山古志支所の出入り口付近に、役所には不釣合いな物が設置されていました。壁と屋根がL字に造られたコンクリートの鐘付き堂です。不思議に思いながら近づいて、その訳が分りました。

『希望の鐘』梵鐘が設置された仔細が壁に掲げられていました。
希望の鐘
『希望の鐘について』こちらの記事では、二つの希望の鐘が見られます。
希望の鐘について
『近くの民家』山古志支所から見えた民家です。
山古志の民家
『山古志小中学校』山古志支所から谷一つ隔てた所に建つ学校です。
山古志小中学校

 山古志の谷を渡り山を越えて響く希望の鐘は、人々の心に感謝と誓いと挑戦の灯をともし続けるのでしょう。梵鐘を見上げながら、ぼんやりとそんなことを思っていました。

category: 風 景

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『山古志の役場へ』遠回りして~13  

 山古志の竹沢集落に在る山古志村役場は、現在、長岡市山古志支所となっています。震災当時は、現衆議院議員の長島忠美氏が山古志村長を務めていました。 中越大震災の被害の凄まじさに、一村全世帯避難と言う未曽有の出来事に対処した人物です。人だけで無く牛までヘリコプターで避難させた映像を、テレビでご覧になった方も居られるかもしれません。 

『闘牛と錦鯉は山古志の誇り』棚田は山古志の素敵な景観です。
闘牛と錦鯉と棚田

『長岡市山古志支所』建物の補強工事だったのか工事用の足場を解体中でした。
旧山古志村役場

『感謝・誓い・挑戦』三つの言葉が青い空の下に、高々と掲げてありました。
長岡市山古志支所

*山古志の写真は、此方で見られます。

*山古志の牛の角突き(闘牛)のページは此方で見られます。

*山古志の錦鯉のページは此方で見られます。 

 此処に載せようか迷ったのですが、櫻井よしこ氏のコラム「日本人の愛する錦鯉を毒殺した中国」を紹介しておきます。http://yoshiko-sakurai.jp/2010/11/25/2167

category: 風 景

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『殿様飛蝗』遠回りして~こぼればなし  

 殿様飛蝗(トノサマバッタ)、または大名飛蝗(ダイミョウバッタ)とも呼ばれる大きな飛蝗です。イネ科植物の多い草原に生息しています。昔は原っぱが彼方此方に在ったから、子供たちの良い遊び相手だったと思います。
 現在は、原っぱは少なくなりましたが河川敷の草叢などで良く見かけます。田舎だと、畦道や減反した田圃でも見かけます。


『草叢から飛び出て来た殿様飛蝗』足を踏ん張って偉そうです。
トノサマバッタ
『ズン』なかなか迫力があるな。
トノサマバッタ2
『ズズン』迫力あり過ぎ、少し怖いわ。
トノサマバッタ3

 10月19日に、山古志の小松倉集落で撮りました。手掘りの水路隧道を見た帰り道でした。人間を恐れていないのか、少しも逃げようとしませんでした。


 

category: 生き物の記

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『小松倉集落を後にして』遠回りして~12  

 10月30日に、『小松倉集落散策』遠回りして11をエントリしています。それ以来、山古志から離れていましたが再開してみようと思います。写真は、10月19日の撮影ですから丁度1ヶ月前になります。現在は、里の紅葉も終わり落葉の季節です。一か月前とは、随分と違います。

『山古志の地図』これまでに紹介した所、これから紹介する所です。今回は現在地からです。
山古志の地図

『現在地の表示板』芋川の河道閉塞の内容は、サムネイルで載せておきます。
表示板
表示板1旧東竹沢小学校が河道になりました。
表示板2芋川上流から見た河道の閉塞状況です。
表示板3芋川下流から。地震による地滑りで山が動いた。

『現在地から見た地滑りの跡』山が動いた跡は、現在も工事を続けているようです。
工事現場

『震災ダムの新宇賀地橋から見た山が動いた跡』山体が動いたのが判りますか。
工事現場の山

『前沢川』前沢川に架かる橋は、工事用の橋のようです。前沢川の奥が小松倉集落です。
前沢川

『崖崩れの跡』神沢川を塞き止めた崖崩れかな。現在地から見ると崖崩れの跡が方々にあります。
崖崩れの跡

『遠くに見える古志高原スキー場』あの山を越えると旧山古志村役場が在る竹沢集落です。
古志高原スキー場が見える

『新宇賀地橋も見える』山の奥の奥のこの橋が、山古志の震災復興の象徴にも見えました。
新宇賀地橋

 今回は大分長くなりましたが最後までご覧頂いて、ありがとうございました。
 山古志に暮らす人たちがこのブログを見たら、何を勝手なことを、と思われて終うかも知れません。ですが只の興味本位からでは無く、あれから10年余り過ぎた現況をお知らせしたかった。そのことだけは、ご理解頂きたいと思います。

category: 風 景

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晩秋の田園風景  

 春の田植え後か。と見紛う様な(見紛わないか)青々とした田園の風景が広がっっていました。刈り入れ後の稲株から発芽した稲です。このまま秋が長く続けば二番米が実ります。昔はともかく現在は、二番米を収穫することはありません。雪が降るまでの間、野鳥や小動物の食べ物になるんでしょうね。

『広々とした田園』信濃川左岸の堤防上の道で見かけた風景です。
田園

『森と集落と田園』西北からの風雪を、防いでくれる森の様に見えました。
森と田園

 カモや釣り人の居た池から遠くないところで撮影しました。多分、長岡市の旧越路町の地域だと思います。そうであれば、遠くに低い山が連なっていますが左端の麓辺りに、四尺玉の花火で有名な片貝集落(小千谷市)があります。                                  
                                                 撮影 11月13日

 「季節違いですが良い歌ですよ」
 

category: 風 景

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山岳悠々(山名を訂正します)  

 久しぶりに地形図を見ていて、何だか違和感を感じました。土地の人に教えてもらった名前の山が、あるべきところに無いのです。名前を教えてもらった山は、未丈ヶ岳と言います。しかし地形図では、その山の名は桧岳となっていました。では未丈ヶ岳は何処だろうと地形図を見直すと、なるほど在るべき所に在りました。
 
『山々に囲まれた街』写真中央奥の尖った山を、今まで未丈ヶ岳と勘違いしていました。
山々に囲まれた街
未丈ヶ岳訂正⇒桧岳』この山は、黒俣川第二ダムの湖面に姿を映す険しい山です。
檜岳

『里山の鳴倉山』姿の良い鳴倉山の左稜線の陰に、小さく見える山が未丈ヶ岳です。
鳴倉山
『この山が未丈ヶ岳』山向こうに、只見川の大鳥ダムがあります。藪漕ぎをして登った山です。
未丈ヶ岳

 今までブログで未丈ヶ岳と紹介していた山を、今回訂正させていただきました。人から聞いたとは言え、勘違いとは恐ろしいものです。桧岳も未丈ヶ岳も自分の足で登ったことが有る山なのに、穴があったら入りたい気分です。  

category: 風 景

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釣り人の居る風景  

 もう禁漁期かと思いましたが魚種によって、禁漁期も期間も違うと友人の釣り師から聞きました。
そう言えばそうだったな。と釣りに夢中だった頃を、色々と思い出しました。


『釣り人の居る風景』カモがいっぱい居た信濃川河川敷の池です。
釣り人の居る風景
 ヘラブナ釣りのスタイルに似ていますが、じっと待っていたから鯉釣りかも知れません。

category: 風 景

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ススキの風景  

 信濃川の河川敷に広がる枯れススキを撮ってみました。「俺は河原の枯れススキ♪」では無いですが、ススキを背景にしても主役にすることは滅多にありません。ただ茫洋とした風景が秋の終わりに、相応しいような気がします。

『信濃川河川敷に広がるススキ』遠くに見える堤防や家々は、信濃川の向こう岸です。
ススキの原
『モノクロ写真に加工してみました』いずれ此処も真っ白な雪に埋まります。
ススキの原(白黒)



 

 

category: 風 景

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御嶽講  

 木曽の御嶽山が2014年9月27日に7年ぶりに噴火して、山頂付近にいた登山客が遭難、1991年の雲仙普賢岳の火砕流による犠牲者数を上回る事態となりました。自衛隊による懸命な救助活動は、テレビのニュース番組で紹介されていました。まだ昨年のことなのに、遠い昔のことのように感じられるのは、どういう分けなのでしょうか。

 修験道と結びついた山岳信仰は、わが国では古い時代から行われてきました。近世には、権現の眷属神である山犬(日本狼)が邪鬼、火盗の難を除くとする民間の御犬信仰と融合して、広い信仰圏を形成しました。江戸の町人の間に御岳講が組織されて、山上や山麓に拠点を置いた御師が信仰の普及に大きな力をもちました。 (世界大百科事典御岳山より)

 魚沼でも御嶽講が盛んだったようで、御嶽山の名が付けられた山があります。山上に御嶽山大神が祀られています。遠い地から、遙か御嶽山を遥拝したものだと思います。講中で御嶽山へ詣でたことも有ったのでしょうね。先達はともかく遊山の気分もあったのではないでしょうか。(魚沼市堀之内の御嶽山は此方でどうぞ)魚沼市には此処の他に、旧広神村にも御嶽山があります。
 

『御嶽山』小出スキー場の山腹の高みにも御嶽山を祀った石碑が在りました。中央に御嶽山、左に三笠山、右に八海山と彫られています。
 この石碑を撮影していたら、小出在住の老人が散歩に登ってこられました。その方の話によると石碑を建立し文字を認めたのは、江戸時代の人で松原俊蔵と言う方だと教えて頂きました。
御嶽山の碑2
 松原俊蔵、雅号は雪堂。貞心尼が良寛の肖像画を依頼した画家です。前回のエントリで、そのことは書いています。
 松原雪堂は、江戸の宝井馬琴を始め文人墨客と親交があったそうです。北越雪譜の著者、塩沢の鈴木牧之は友人であったそうです。
 鈴木牧之は画も巧みで、馬琴の『南総里見八犬伝』の挿絵の一部に採用されたり、山水画に良寛が賛を添えたりしています。そのことから、松原雪洞堂も良寛と親交があったのだろうと思います。

『八海山と魚沼の野』以前、立山から剣岳を登山した折に、立山の雄山神社の神職と話をする機会がありました。私が越後魚沼から来たと知ると、出羽の羽黒山、越後の八海山、八海山は越後で一番険しい山と話してくれました。 

八海山

『権現堂の連山と魚沼市街』この山も信仰の山でした。
権現堂連山と魚沼市街

『こんな動画を見つけたので貼っておきます』
 

category: 歴史よもやま話

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藤権現の紅葉を眺めながら  

 天保五年頃のこと、貞心尼は良寛和尚の肖像画を依頼に、小出島の画人松原雪堂を訪ねた。その礼として、良寛からの手紙「先日は眼病のりやうじがてらに與板〔与板〕へ参候 そのうへ足たゆく腸痛み御草庵もとむらはずなり候 寺泊の方へ行かんおもひ地蔵堂中村氏に宿り いまにふせり まだ寺泊へもゆかず候 ちぎりにたがひ候事大目に御らふじたまはるべく候 『秋はぎの花のさかりもすぎにけり ちぎりしこともまだとけなくに』 八月十八日 良寛 」を渡した。 (良寛 宝暦8年10月2日〔1758年11月2日〕 ~ 天保2年1月6日〔1831年2月18日〕)

 雪堂による良寛和尚の肖像画が完成したとき、貞心尼が詠んだと云われる歌が『うきぐものすがたはこゝにとゞむれど 心はもとの空にすむらむ』これである。 


『みるたひにめづらしきかなくもきりの たち居にかほるふしのすかたは 』 慶応三年、七十歳になった貞心尼は、小出島を訪れこの歌を残した。自らも尽力した『良寛道人遺稿』(上州前橋・竜海院第29世住職蔵雲和尚編)の出版を目にしてから小出島を訪れたのであろう。亡くなった松原雪堂の家に報告したものと思われる。


『晩秋の藤権現』貞心尼が訪れて歌を残したのは、新緑の5月頃だったと云われる。
藤権現
 里の山も枯れ葉色になりつつある。
紅葉から枯れ葉色へ
 桜も落葉を始めた。
桜も落葉の季節

 明治五壬申二月十一日(1872年3月19日)孝室貞心尼寂滅。 辞世は『来るに似てかへるに似たり沖つ波 たちゐは風の吹くに任せて』である。墓は長岡の洞雲寺裏山の墓地にある。
                                      (小出町史とWikipediaの貞心尼の項を参考にした。) 

category: 歴史よもやま話

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権現堂山  

 権現堂の山名は、信州の戸隠神社に祀られている「九頭龍大権現」に由来します。
 山麓の長松集落の奥に、戸隠神社が祀られ山頂には奥社が祀られています。低山ながら、権現堂が
山岳信仰の山だった面影を残しています。現在は魚沼のハイキングコースとして、人気があります。

 
『権現堂連山』左から下権現堂(887)・上権現堂(998)・唐松山(1079)と山頂が並んでいます。
権現堂山

『下権現堂』烏帽子の別名があります。山頂部を覆っていたブナは、葉を落としたようです。
下権現堂

『上権現堂』下権現から50分ほどで山頂に立てます。樹木が落葉して、露岩が目立ちます。
上権現堂

 由来書によると魚沼市長松集落の戸隠神社は、天正11年(1583)に石祠を祭られています。社殿の
建立は元治元年(1864)のことであったようです。翌年は、慶応元年になります。

category: 風 景

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カモの池  

 前々回の「ダイサギの居た池」の続きです。今回は、カモたちと刻々と変化する水面の輝き、それに岸辺の様子をご覧ください。日暮れまでには間が有りましたが、午後の陽が傾き始めたころでした。 

『カモの集う池』
カモの集う池

『カモたちは食事中』
カモたちは食事中

『カモが一羽で』オオバンかな?
カモが一羽で

『赤く光る水面』
赤く光る水面

『草紅葉の岸辺』

草紅葉の岸辺

「このカモは ヒドリガモかや オオバンか 
            はたまた別の カモであるやら」  カモに詳しい方、教えて頂けると嬉しいです。


 

category: 野鳥の記

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快晴の魚沼三山  

 お天気が良い間にと庭木の雪囲いをしていました。雪吊りをするほどの見事な松は、わが家の庭にはありません。残念ですが縄の芸術を、お見せすることが出来ません。と言うか、仕事の跡を写真に撮ってと思っている間に、外は真っ暗になってしまいました。
 どうしようかなと思いましたが代りに晴天の魚沼三山を、お見せしたいと思います。やや逆光気味ですが、この間の雪がまだ残っているのを確認できます。


『魚沼三山』左から魚沼駒ヶ岳・中ノ岳・八海山です。魚野川が空の色を映して、野を流れます。
魚野川と魚沼三山

『魚沼駒ヶ岳』何回か降った雪が残る山頂から、グシガハナへと続くスカイラインが良いですね。
魚沼駒ヶ岳
 春先に、跳ね馬の雪形を探したのを思い出しました。判りますか?
跳ね馬

『中ノ岳』登山道が雪で、白い帯のように見えます。
中ノ岳

『八海山』三山で一座だけ2千mに足りませんが岩稜の険しい山です。
八海山

逆光気味でなかったら、紅葉と黒い岩肌の八海山をお見せ出来たのにと残念に思っています。雪囲いの合間に写したものですから、ご容赦ください。また一つ宿題が出来てしまいました。(・´з`・)


 

category: 風 景

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ダイサギの居た池  

 長岡へ行く途中、小千谷を過ぎると信濃川左岸の堤防の道を行くことが多いです。時間に余裕があると大概は何ヶ所か寄り道をして、良い被写体は無いかと探しています。
 信濃川の流路が変わった時に出来たと思われる大きな池が、河川敷の拠水林と堤防の間にあります。伏流水で水が枯れることも澱むことも有りませんが、夏場は水草が繁殖して池の水面を隠すほど繁ります。出水期や洪水の時には、魚の避難場所になるので釣り人の姿をよく見かけます。


『ダイサギ』今日(4日)は、禁漁期に入ったのか釣り人の姿は無かったですがダイサギがいました。
ダイサギ

『ダイサギとカモ』小魚を狙っていたダイサギは、カモに邪魔されて当てが外れたようです。
カモとダイサギ

『ダイサギが去る』カモ(ヒドリガモかな?)に場所を譲って、静かに立ち去るダイサギでした。
去りゆくダイサギ

『朝日山』お天気が良かったので、戊辰の北越戦争の激戦地だった朝日山の紅葉が綺麗でした。
朝日山

 朝日山のことは、以前かなり詳しく書いています。確か今回の池は、朝日山の山頂から撮った写真に写っています。多分最後の写真だったと思います。興味のある方は、こちらからどうぞ。


 

category: 野鳥の記

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紅葉・黄葉・ピンク色  

【紅葉・黄葉・ピンク色】 今回は、汗を駄句駄句駄句と流して、悦に入っております。                
                      所詮素人の手遊びなれば、ご笑読頂ければ幸いです。

『紅葉』【桜葉や 紅に染まりて 散りいそぐ】
紅葉

『黄葉』【銀杏の 生る樹生らぬ樹 生らせる樹】
黄葉と屋根

『ピンク色』【秋桜や 霜月なれど 艶めかし】
コスモス

 少しは色っぽさを、感じて頂けたでしょうか。あ、いや木の葉や秋桜の花のことでは無いのですが・・・無才老人狂い咲きと言う分けでも・・・洒落ですよ。シャレ!(^◇^)ノ


  

category: 風 景

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曇り空の下(小出スキー場から)  

 昨日からの雨が文化の日の午前中まで残りました。午後からも雲が多くて、重苦しいような日でした。明日からは、しばらく晴れの予報が出ています。女心と秋の空と言いますから、晩秋の天気模様は、その日になってみないと分りません。 

『曇り空の下』後方の八海山の稜線と手前の里山の稜線が、魚沼の野に長々と裾を引いています。
曇り空の下

 里山の稜線が野に接する辺りを、太平記の中では夢ヶ崎と記述しています。現在は伊米ヶ崎です。
曇り空の下1

 魚沼丘陵からも野を扼する様に、尾根が伸びています。野に落ち込む手前の高みを福山と言います。
曇り空の下2

 紅葉の福山を、別名餓鬼山と言います。野に突き出した山の向こうと此方で、呼び方が違うのです
曇り空の下3

 福山を見下ろす小出スキー場のゲレンデの一部です。駒見の湯がゲレンデ下に見えます。
曇り空の下4

 小出スキー場の上部です。もうすぐ雪が降り、12月下旬には根雪になります。冬眠の季節です。
曇り空の下5              
悲しいことに人間は、冬眠できないから冬でもあくせく働かないといけませんね。ま、たまにはスキーでスカッとしますか。


 

category: 風 景

紅葉の山  

『紅葉を愛でる山道』小出駅前の藤権現山(233.6)です。散歩がてら歩く人もいます。
紅葉を愛でる山道
『里山の黄葉』曇っていても、これだけ色付くときれいです。
紅葉
 魚沼三山は冠雪しましたが里山の紅葉は、今が盛りの絢爛さです。冬が来る前の自然の饗宴です


 

category: 風 景

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宇宙の果てまで飛んで行け  

 まだ幾らかコスモスが咲いているスキー場に来ています。
コスモス
 スキー場には、小さなジャンプ台があります。
ジャンプ台
 雪が降れば、宇宙の果てまで飛んで行く子供たちを見られるかも。

 小出スキー場の40m級(だったかな)のジャンプ台です。上から見下ろすと怖いですよ。


 

category: 風 景

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無才のアルバム ちりつぼ

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