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北国街道散策~2  

『庚申塔』嘉永2年(1849)建立とありました。庚申塔については、此方をご覧下さい。
 嘉永2年と言えば、天皇は孝明帝です。江戸幕府の将軍は、徳川家慶でした。時代を揺るがす幕末
の騒動を、ペリー来航からとすると嘉永6年まで待たねばなりません。この頃の日本は、未だ太平の
世の中でした。太平と言っても眠っていた分けでは無く独自の庶民文化が花開いていたのは、田舎の
路傍に建つ石碑を一つ見ても頷けます。

庚申塔

『北国街道(茶塚地蔵様)庚申塔の目の前に建っていました。
北国街道

『茶塚の説明板』茶塚の上は現在墓地でしたから、子育て地蔵の写真を撮っていません。
茶塚

『三根山藩庁址』茶塚の上から杉木立を透かして見ると、ここに大砲を据えられては、お手上
げの近さです。説明板にあった通り戊辰戦争時のエピソードですが、僅か1万1千石の小藩の悲哀を
感じさせられました。またここは、説明板によると、人の往来が煩瑣な北国街道沿いということで、
三根山藩の罪人を打ち首にした首の晒し場でもあったようです。

三根山藩庁址

 北国街道の道筋は、おおよそ分かっているつもりでしたが、その道が全て残っている分けではあり
ません。道筋に当たる所に残されている石碑や遺構、それに説明板などが無いとただ歩くだけに成っ
てしまいます。それらを整備されている関係者の方々に、深く敬意を表します。   続く。
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category: 歴史よもやま話

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コメント

こんにちは。

 ずいぶん立派な庚申塔が建立されています。北国街道にはいろんな歴史があるんですね。街道沿いの説明など歴史を堪能させていただいています。

inkyo #mQop/nM. | URL
2016/10/05 15:03 | edit

inkyoさん、こんばんは。

拙い散策の記録を、お楽しみ頂けて良かったです。

古来、人が歩き続けた街道には、悲喜交々な歴史が眠っているようです。

無才 #- | URL
2016/10/05 21:13 | edit

こんにちは

昔から、街道沿いには多くの石佛がありますね。
江戸時代には、かなり道端でなくなる人もいて、
近隣の人が供養していたのでしょうね。

one0522 #bmlW70E6 | URL
2016/10/06 16:25 | edit

ワンさま、こんばんは。

無縁仏を供養した石碑は、今回は見なかったですね。
庚申塔については、本文のリンク先をご覧ください。

江戸時代は行き倒れて亡くなっても、通行手形で身元
が分かるので、村役人が手紙で知らせたようですよ。

無才 #- | URL
2016/10/06 21:55 | edit

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